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院長のボヤキ:院長眞弓のブログ風ですな。
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院長のボヤキ(81)2023.04.06.
マイナンバーカードの保険証確認について(マイナ保険証)
 当院では、202341日よりマイナ保険証を利用した「オンライン資格確認システム」の運用を開始いたします。
オンライン資格確認とは、医療機関や薬局窓口でマイナンバーカードの
ICチップにある電子証明書、または健康保険証の記号番号等により、医療保険の資格情報が確認できる仕組みです。
 2023.04.01から従来保険証で受診すると医療費が高くなっております
 マイナ保険証をお持ちの方は必ず「マイナポータル」にて受付をお願いいたします。
 あなたの受診歴、薬剤情報、特定健診などの必要な診療情報をあなたのマイナ保険証から取得して診療を行います。

マイナンバーカードの保険証確認について(マイナ保険証)
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泌尿器科の外来を開始します(詳細は院長のボヤキ本文へ)
 令和5年(2023年)47日金曜日9:00-12:00に泌尿器科の外来を開始します。
 毎週金曜日9:00-12:00に眞弓循環器科クリニック外来に、平成283月に北里大学医学部を卒業し同年に自治医科大学さいたま医療センター泌尿器科学教室に入局して研修を積んできた、院長の三男坊の眞弓翔三朗が入ります。
 自治医科大学さいたま医療センターでは泌尿器科一般および腹腔鏡手術ロボット支援手術も担当し、昨年令和4年(2022年)には日本泌尿器科学会専門医の資格も取得しました。この4月からは彩の国東大宮メディカルセンター泌尿器科に勤務する傍ら当院の外来も手伝ってくれることになりました。
 前立腺肥大症、過活動膀胱、尿路結石、男性更年期などの診療に加えて、父親の私が診察している分野の診察も折々に伝達して行こうと考えております。

院長のボヤキ(80)2022.05.08.
 2022.05.03-05の連休を利用して熊本県南関町の実家を訪問し、帰りに実家から10km圏内にある卑弥呼の居城跡とおぼしき「女山=(女山(ぞやま)史跡森林公園展望所 835-0005福岡県みやま市瀬高町大草920-3)」と卑弥呼の墓とおぼしき権現塚(ごんげんづか)古墳(高さ5.7m 直径45m の円墳: 835-0006福岡県みやま市瀬高町坂田2167)を訪ねて来ました。「みやま市」はかつては「山門郡瀬高町+高田町+山川村」と呼ばれていました。山門=やまと、です。
 女山は細い山道を車で登って行くと、「展望所」まであと100mという辺りで崖崩れのため通行止めになっていました。いずれにしても、私が母校の瀬高中学校や山門(やまと)高等学校に自転車で通った、瀬高町の広大な平野部とその中心を流れる矢部川を一望出来る小高い山の山頂にあたります。
 残念ながら女山の展望所には行き着きませんでしたが、そこから車で山を降りて約10分ほど行くと権現塚古墳に至ります(写真)。周りは全て田園地帯で右手に見えるビニールハウスでは野菜栽培が行われています。みやま市教育委員会が平成2403月に立てた看板には「市指定史跡権現塚古墳」:指定=昭和560223日とあり、説明文には「古墳時代中期5世紀ごろに築造された」とありました。
 卑弥呼の没年は西暦248年あたりらしいので若干の食い違いがありますが、魏志倭人伝には「卑弥呼が亡くなったときに径百歩の冢(つか)をつくる」とあり古墳の大きさとしてはピッタリです。「みやま市教育委員会の指定」当時から現在まで邪馬台国論争は九州説と近畿説、同じ九州説でも筑後説と耶馬溪など様々な説が入り乱れており、左巻きの連中の多い「教育委員会」は、日本書紀に記述のある倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)の巨大な墓=前方後円墳である箸墓古墳(はしはかこふん:墳長およそ278メートル、後円部は径約150メートル、高さ約30メートルで、前方部は前面幅約130メートル、高さ約16メートル)を「卑弥呼の墓」と認定して、地元のやんごとなき卑弥呼さまの墓を誰のものとも分からぬ「名無しの権兵衛の墓」にしてしまいました。ご覧の様に草ぼうぼうの「ただの岡」になっています。
 古くは津田左右吉が邪馬台国の山門郡瀬高町説をとなえ、最近では理系で東京工大卒の建築家の長浜浩明氏の「山門郡瀬高町説」(日本の誕生 皇室と日本人のルーツ 長浜浩明 WAC古代日本「謎」の時代を解き明かす 神武天皇即位は紀元前70年だった! 長浜浩明 展転社)が最もサイエンティフィックで他説を圧倒していると思います。要は魏志倭人伝を素直に読んで、一里=約70メートルで計算し、有名な「漢委奴國王」の印が出た奴国から1300里=64km範囲内にある福岡県山門郡瀬高町女山付近(現みやま市)が正解となります。

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写真:卑弥呼の墓の権現塚古墳(〒835-0006福岡県みやま市瀬高町坂田2167


院長のボヤキ(79)
2021.12.25.
 「老研究者がジョンスホプキンス式骨髄移植後大量サイクロフォスファマイド投与法の経験的サイクロフォスファマイド投与間隔に挑戦する」と題するミニ総説(Hisanori Mayumi. An old researcher challenges the empirical timing of Cy-treatment in the clinical haplo-identical bone marrow transplantation followed by high-dose cyclophosphamide. Open Acc J Bio Sci. December- 5(2): 1340-1343https://biomedscis.com/pdf/OAJBS.ID.000354.pdf)を発表しました。
 先日、「サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容とジョンスホプキンス式骨髄移植後大量サイクロフォスファマイド投与法の関係について」の総説(Hisanori Mayumi. A Review of Cyclophosphamide-Induced Transplantation Tolerance in Mice and Its Relationship With the HLA-Haploidentical Bone Marrow Transplantation/Post-Transplantation Cyclophosphamide Platform. Front. Immunol., 29 September 2021 | https://doi.org/10.3389/fimmu.2021.744430)を発表しましたが、その続編です。
 先の総説を
2021.09.29.付けで発表したのですが、その後様々な出版社から次の執筆を促すメールが次々と送られて来ました。30年ぶりに論文を出版するにあたって、なんと約34万円と云う大枚を踏んだくられた気分になっていた私はやはりかなり警戒するとともに、そのあたりの事情をネットで調べてみました。
 “Open Access Journal”、「禿鷹ジャーナル」、なんて言葉が飛び込んで来ました。昔は出版社がたとえば”Transplantation”なんて云う雑誌を毎月出版し、研究者たちはその雑誌の読者であると同時に、自分の研究をまとめて一つの論文としてその雑誌Transplantationに投稿します。Editor はその論文審査に適当と思われる審査員=Reviewer2名ほど選んで審査してもらいます。Editor は審査員の評価や自分の評価に基づいてその論文を雑誌に掲載するかどうかを決定します。掲載される論文には必要に応じて加筆訂正が要求されます。掲載が決まったら掲載料と「別冊」と呼ばれる、自分の数ページ分の小冊子を100-200部単位で注文し、後に興味を持ってくれた研究者たちに配るわけです。毎月の雑誌の売り上げと論文執筆者からの掲載料がその雑誌社の収入になります。
 一方、最近のOpen Access Journal では毎月の雑誌を購入する読者が費用を負担するのではなく、論文を書いた研究者本人に全額を負担させてしまう訳です。最近のインターネットの普及と大容量のサーバーが比較的に安価に使用できるからでしょうが、それにしても出来るだけたくさんの論文を出来るだけ高額な掲載料で掲載した方が儲かるでしょう。儲け主義に徹する出版社では論文の審査=査読もそこそこに、論文の掲載を決め高額の掲載料を踏んだくっている様です。このような出版社を「禿鷹ジャーナル」と呼ぶらしい。
 最近の日本の公立私立の様々な大学からは、この「禿鷹ジャーナル」に引っかからないように、との警告が出されているようです。実際、私がはじめに書いたFrontiers in Immunologyの論文(Hisanori Mayumi. A Review of Cyclophosphamide-Induced Transplantation Tolerance in Mice and Its Relationship With the HLA-Haploidentical Bone Marrow Transplantation/Post-Transplantation Cyclophosphamide Platform. Front. Immunol., 29 September 2021 | https://doi.org/10.3389/fimmu.2021.744430)では34万円もふんだくられましたが、査読者2名がつきました。またEditorの訂正も微に入り細に入り丁寧でした。インパクトスコアも3-4点と高く、採択率も70%程度でrejectもある様です。一方、二つ目の論文(Open Acc J Bio Sci. December- 5(2): 1340-1343https://biomedscis.com/pdf/OAJBS.ID.000354.pdf)ではEditorの指示通りで査読はなくドラフトを自分で3回ほど訂正しただけでした。こちらは投稿した時点でいきなり投稿料約65000円を請求されました。インパクトスコアも0.8点ぐらいでした。
 この二つ目の論文では「骨髄移植とサイクロフォスファマイド(Cy)50mg/kgの投与間隔が34日目の2回になっているのはおかしい」23日目にCy50mg/kg×2か、2日目にCy100mg/kg×1に直すべきだ」と訴えたわけです。まああんまりガタガタと議論もしたく無かったのでOpen access journalで良かったのかもしれないと思っています。


院長のボヤキ(78)2021.11.18.
 庭のゆず:2021年の冬至「一陽来復(いちようらいふく)の日」は1222日です(詳細は院長のボヤキ本文へ)
 今年は約30個の立派な柚子がなりました。昨年が不作で10個ぐらいだったでしょうか。一昨年がやはり30個だったので、今年は豊作です。冬至は別名を「一陽来復(いちようらいふく)の日」とも呼び、一年中で昼がいちばん短く夜がいちばん長くなる日です。この日を境に昼間の時間が少しずつ長くなって行きます。
 庭師のおじさんによれば、我が家の柚子は「本柚子」だそうで、実の直径は10cmぐらいあります。葉っぱをよーく見るとひょうたんの様に二段になっているのが特徴らしいです。
 うちではこの柚子を切って洗濯網袋に入れ、風呂の中でグチャグチャに潰してよ〜く成分を抽出する様にして使っています。今年の冬至は1222日で、まだ1ヶ月以上ありますので、一日一個ずつ使ってもチョッと足りません。入浴剤と交互に使って冬至の日まで持たせようと思います。

庭のゆず:2021.11.18
庭の柚子2021.11.18



2021庭のゆず2021.11.17.撮影

院長のボヤキ(77)2021.10.05.
 「サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容とジョンスホプキンス式骨髄移植後大量サイクロフォスファマイド投与法の関係について」の総説(Hisanori Mayumi. A Review of Cyclophosphamide-Induced Transplantation Tolerance in Mice and Its Relationship With the HLA-Haploidentical Bone Marrow Transplantation/Post-Transplantation Cyclophosphamide Platform. Front. Immunol., 29 September 2021 | https://doi.org/10.3389/fimmu.2021.744430)が完成しました!!
 以前、院長のボヤキ(40)2016.3.30.、にてお伝えしていたのですが、私が30-40年前に青春時代をかけて行っていた免疫寛容(臓器移植における拒絶反応を無くする反応)の研究(「院長業績集」を参照してください)が米国Johns Hopkins 大学のEphraim J. Fuchs教授(Professor of Oncology and Immunology)らのグループにより臨床応用され、ハプロ骨髄移植/移植後サイクロフォスファマイド法(haploBMT/PTCy)として世界中に広まり、これまでHLA遺伝子(A, B, C, DRB14箇所haplo type×2=合計8箇所)完全一致の骨髄移植でしか良い成績が上げられなかった(一つでも違うと激しいHVGR=host-versus-graft-reaction=ホストの移植片拒絶反応や、激しいGVHR=graft-versus-host-reaction=移植片のホスト拒絶反応、が起きて生存率が低下していた)骨髄移植の成績が飛躍的に上昇した、というお話をしました。
 今回、そのFuchs教授(以後First nameEphraimと呼びます。Ephraimとは2017.5月にJohns Hopkins University Hospital を訪問し、お互いにEphraimHisaと呼び合う間柄です)らが私の研究にヒントを得て臨床応用に至る経過や、そもそもの私たちの研究のまとめ、さらにはサイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の創始者としての私の現在のJohns Hopkins 骨髄移植Platformに対する苦言をまとめた総説を発表しました(Hisanori Mayumi. A Review of Cyclophosphamide-Induced Transplantation Tolerance in Mice and Its Relationship With the HLA-Haploidentical Bone Marrow Transplantation/Post-Transplantation Cyclophosphamide Platform. Front. Immunol., 29 September 2021 | https://doi.org/10.3389/fimmu.2021.744430)。
 論文は2016年にEphraimちなみに「Ephraim」とは旧約聖書に記されたイスラエルの12部族英語版のうち、行方が知られていない10部族(ルベン族シメオン族ダン族ナフタリ族ガド族アシェル族イッサカル族ゼブルン族マナセ族エフライム族)の一つエフライム族由来の名前であることは明らかであり、私は直接Ephraimに尋ねたことがあります。やはりEphraimはユダヤ系だそうです。ミドルネームがあるのはその後に改宗して居るのかもしれません)から、「Bloodという医学論文雑誌からhaploBMT/PTCyに関しての総説を書いてくれないか?と打診を受けているので、その論文の基礎部門をあなたが分担執筆してくれないか?」との依頼を受けて書き始めたものでした。1-2ヶ月ほどで、依頼された私自身のパートを書き上げてEphraimに送り付けていたのですが、肝心のEphraim自身が医学論文雑誌Bloodの締め切りを守れずにオジャンになりました。Ephraimは「また次の機会に投稿しましょう」とは言っていたのですが、それから4年経っても音沙汰なく、いよいよ今年の2月に「ヨシッ!」と思い立って私の単独名で論文にする覚悟を決めました。Ephraimに相談もし、「私の単独執筆者で論文にしようと思うが、論文が出来上がったら英語の添削だけでもやってもらえるかい?」というとOKの快諾を得ることができました。
 そしてその20212月から、毎回の日曜日と休診日の木曜日に論文書きが始まりました。今回完成した総説の引用文献は77編ですが、多分その倍以上の200編ほどの医学論文を読破したと思います。まずは30-40年前に書いた自分自身の論文の数十編を読み直し、関連する英語論文をひとつ一つ読破し、総説の骨格を組み立てて行きました。なんとか総説が書き上がってEphraimに送信したのが2021.05.09.でした。Ephraimがなかなか読んでくれず返信があったのが2021.06.17.でした。その間、「私の単独名での論文発表を怒っているのではないか?」「私の論文を盗んでしまうのではないか?」など、さまざまな葛藤がありました。Don't laugh!。マジですよ!
 7月に入ってからは、まずは米国血液学会のBlood | American Society of Hematologyに投稿しました。しかし論文投稿のしきたりは30-40年前とは大違い!投稿に当たってはタイトル=20words以下、Abstract=概要=250 words以下、本文=4000 words以下、みたいな決まりがキッチリあって、ネット投稿するに当たってはびた一文の妥協はありません。初め6,500 wordsほどあった本文は4000 wordsに減らされ、さらに図表は一枚一枚JPEGPDFだと指定があり、10枚あったFigure7枚以内と言うことで7枚に減量。Total1MG以下、なんてね。iPhoneで撮った写真をそのまま使っていると、その一枚だけで2MGぐらいになっちゃうんですね。写真は切り取ってサイズを加工するだけで、あら不思議すぐに100-200KBになります。写真映りがさほど荒くなる訳でもないのにね。そして、やっと送れたと喜んでいたら、2021.07.20.には早々にrejectedの返事です。査読のreviewersからのコメントもなく、editorの単独rejection のようでした。
 気を取り直して同日の2021.07.20.にはFrontiers in Immunologyというスイスの雑誌社に再投稿しました。前回のBlood への投稿で大分慣れていたので今回は比較的スムーズに論文を投稿することが出来ました。タイトル、Abstract、本文ともに字数制限がBlood ほどは厳しくなく、余裕を持って投稿出来た気がしておりました。
 2021.08.11. Frontiers in Immunology からの返事がありました。二人の査読者=Reviewersからコメントがあり、後からわかったことですが一人はインド人Suparno Chakrabarti🇮🇳(このreviewerのコメントは非常に好意的なものばかりでした)、もう一人は北京からの中国人Ying-Jun Chang🇨🇳(こっちのreviewerのコメントはネチネチと面倒くさいものばかりでした)のReviewersでした。さらにはオーストラリア人🇦🇺Editor Stephen R. Daleyのコメントがあり、2週間以内に書き換えたRevised versionを再投稿するように指示がありました。奇しくもこの日、私の101歳の父親が8/15102歳の誕生日を目前にして永眠し、実家のある熊本県南関町に向かい、8/13に通夜、8/14に葬儀と火葬を行なうことになりました。幸というか、たまたま、というか8/12-15は「お盆休み」として予め休みにしていたのでクリニックの業務に支障はなかったのですが、8/12に産業医で伺っている介護施設の職員約100名にコロナワクチン接種を約束しており、延期も出来そうになかったため、親父には「ゴメン!」と言ってワクチン接種業務を済ませてから8/13の早朝便で熊本空港に向かいました。論文書きも通夜の斎場やホテルで続けるつもりでノートパソコンを持参したのですが、WiFiの調子が悪くて論文書き換えははかどりませんでした。
 結局、Revised paper を再投稿したのは8/23です。8/25dead lineですからギリギリセーフでした。いや、実際のところ私が論文書きに取り組めるのは木曜日と日曜日しか無いのです。
 30-40年前の英文雑誌投稿ならここで大安吉日の投稿日を選んで郵便局に行き、重さを測って貰って航空便で郵送しておしまいです。後は運を天に任せて祈るだけ。しかも二人のreviewerのうち一人は「好意的」な訳ですから、論文は「いただき」です。実際、2021.09.01.には「accepted」の返事が届きました。ところが今回のFrontiers in Immunology はこれからが長かった。
 「Accept するけど以下の点を直してください。」のEditor指示があり、9/1水曜日に送って来て、「35項目の校正点を訂正してwithin the coming weekに返送しろ」とか書いてある訳です。もう土曜日の9/4には「delayed =期限切れ!遅い!」の烙印を押されていました。催促のメールです。頭にきて、「Coming weekって9/6-11の週のことかと思ったよ!こちとら毎日60人から外来患者を月曜日から土曜日まで診ているのに、そんなに早く返信出来るか!お前たちが日本語で論文を書いていることを想像して見ろ!」って言ったやった。もちろん「英語で」ですよ。
 すったもんだあって9/5日曜日に2回目のrevised manuscript を提出しました。更には9/113回目、9/134回目のRevisionを送って、最終的にaccept9/14で、この日、出版料$2,950=日本円で約34万円を払わされました。ダチョウクラブじゃないけど、「そんなこと聞いてないよ〜❗️」です。昔は別冊代を含めても4-5万円だったのに
 その後の数回の印刷スタッフとのゲラずりのやり取りがあって、2021.09.30.に目出たく掲載の運びとなりました。なんか完全に「ネット上での掲載」で、印刷された雑誌自体は無い?みたいなんです。大丈夫かな?まあ最近の医学論文雑誌ってこんなもの?
 お医者さん方、特に骨髄移植に関わる先生方、眞弓久則が67歳といういい年になって、渾身の力を振り絞って書いた論文です。ご感想をお聞かせ下さい。最近は、昔のように葉書での「論文請求」なんて習慣は無くなっちゃったのでしょうか?誰か教えて下さい。

院長のボヤキ(76)2021.09.21
 父親の49日法要(父親は去る令和3年8月11日に101歳で永眠しました)を済ませて、岩槻に帰る前日は熊本市内の「熊本キャッスルホテル」というまさにお城の近くの由緒あるホテルに宿泊しました。本当に久しぶりの熊本城の観光を楽しみにしておりましたが、城内は立ち入り禁止で、近所の熊本市役所14階の展望台からの「熊本城」です。先の地震で石垣などたくさん崩れたりして現在復旧が急ピッチで進んでいるようです。
 熊本城は熊本県人会の誇りです。富士山や天皇陛下が日本人の誇りであるのとおんなじで、ただそこにデンとあるだけで何か暖かい豊かな気持ちになります。この日は場内には入れませんでしたが、またいつか城内に入れるようになったら大天守閣や小天守閣などじっくりと拝見させて頂きたいと思います。

熊本城 2
2021熊本城2021.09.20.撮影


院長のボヤキ(75)2021.07.01
2021庭のぶどう2021.07.01
 今年は昨年中にガレージから玄関にかけて棚を作ったところに「ゴールドフィンガー」という品種のブドウが大きく張り出して来ました。昨年から「ジベレリン」という植物の成長ホルモンにブドウの花房を浸漬させてタネ無しブドウを作る試みを行っています。ジベレリン浸漬は「満開の開花から3日以内が良い」らしいのですが、忙しい診療の合間をぬい、木曜休診日と日曜日でしかも「晴天」の日を2週間間隔で2日用意しなくてはなりません。
 昨年はジベレリン100ppm+フルメットで2回の浸漬を行いましたがハッキリとした脱核(タネ抜き)は出来ませんでした。今年はジベレリン25ppm+フルメット+ストレプトマイシン(ストマイ:結核などに使う抗生物質です)がいいらしい、とのネット情報でジベレリン25ppm+フルメット+ストマイの処置を、偶然の2週間越しの晴天に恵まれて2回キッチリと済ませて、更にはAmazonで見つけた電灯がさ方式の袋がけを済ませたのが下記の写真です。
 花房は「先端の3.5cm」を残し、「約35粒ぐらい」を成長させる、という青木農園の極意を守って到達したのが現在の状況です。ゴールドフィンガーは結構甘くて上品な味がします。電灯がさは100枚入りが無くなったので多分100房に被せたのでしょう。今年は豊作の予感がします。天候に恵まれて昨年は数回行った黒点病の消毒も、今年は「オンリーワンフロアブル」での一回だけ。
 玄関を出て出勤するたびにブドウの房が重くなって垂れ下がって来る感じ、ウン、今年はやっぱ豊作に違いない!

2021庭のブドウ-1
2021庭のぶどう2021.07.01

院長のボヤキ(74)2020.09.24.
茨城の秘境 真弓神社に登って来ました:2020.09.21.
 ひょんなことからネットで「真弓神社」なるものが茨城県常陸太田市真弓町にもあることを知り、先日令和020921日にお参りして来ました。
    祭神は大己貴命(おおなむちの みこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)で、諸業繁栄のお社で、漁業 関係者のお参りがあるらしい。創建は大同2年(807、坂上田村麿と大伴乙麿が北征の日此処に八所権現を斎祀する、とあります。。堀河天皇寛治年中、源義家がこの神に祈願し陸奥を平定して凱旋の日、弓八張を奉つて報賽、依つて真弓八所権現と云う、のだそうです。古来武門の崇敬社として著名で佐竹氏が真弓村一村除地として社殿を造営。徳川幕府25石の朱印地圭田を進む。水戸藩主徳川光圀公が山王大権現の称号を奉る、とあり、ますます霊験あらたかで「そーらいっちょ同じ眞弓の一門としてお参りしとかないかんばい」と熊本県南関町出身の小生としてはなんとしても一度お参りに行こうと機会を伺っておりました。
 私の出身地の熊本県南関町近く、福岡県みやま市山川町真弓というところにも「真弓神社」があります。こちらは昭和05年(1930)に郷土史家・住職の松尾龍城氏により(鎌倉時代から南北朝時代にかけての武将)真弓廣有公(こちらの詳細はWikipedia でご覧下さい)の供養のために廣有の住まいがあった伝承の地に建立された神社らしい。私が子供の頃に2-3度お参りしたことがあります。
 さて件の茨城の真弓神社です。参拝の当日はコロナ禍の第二波が収まりかけて、「来月からは東京もGo-to-キャンペーンに参加出来るようになる」という0920-22日の三連休の中日の9/21敬老の日でした。家内と娘の3人で朝10:00に出発です。東北自動車道上り外環道外回り常磐道下り常陸太田を降りる、のルートですが、この日はメチャメチャ混んでいて真弓神社の「社務所」と称する家らしきところに着いたのは13:30過ぎでした。庭の刈り込みをしているおじさんに聞いて「真弓神社入り口の石碑」(写真1)の位置と、真弓神社がどうも山の頂上にあるらしいことを聞き、「真弓神社入り口裏参道」の小道を恐る恐る進んで行きました。
 本当にこの道でいいの?もう帰ろうか、と何度も思いながらも所々で道を尋ねながら進んで行くと、「この道は通り抜け出来ません」の看板がある所に行き着きます。「折角ここまで来たんだから登ろうよ!」と娘にせっつかれながら車を降りて歩き始めたのが14:00でした。「車を降りて、階段や山道を登って30分はかかるよ。」とは聞いていたのですが、通り抜け不可の看板から大理石を砕いた作業車用の砂利道を登ること15分、大理石の採石場があり「発破施行の危険があり10:00-16:00は侵入禁止」の立て看板と通行止めの縄張りがしてありました。ふと見ると左手に「西裏参道」の標識があり、進んで行くと「裏参道鳥居」(写真2)がありました。
 よ〜し着いたぞ!と思うのはまだ早い。これからが山道30分の登りです。鳥居横に「どうぞ次の方、お使いください。」と集めてある杖を二本お借りして(写真3)鳥居のところの階段十数段を登り、後はひたすらテクテクとまさしく「獣道」を登ってやっと海抜329m真弓神社(写真4)に到着しました。脇に真弓神社御由緒沿革略記」(写真5)があり、本文の冒頭に述べたようなことが書かれている様です。社殿のお参りには私達の他に、近くの山から「表参道」を縦走して来た親子連れが1組ありました。秘境真弓神社へのお参りご苦労さんです。この日、曇りで雨はなく気温もさほど高くなかったのが幸いでした。
 途中、「通り抜け不可の看板」手前の車中でお留守番の家内に何度もメールや携帯電話を掛けたのですが全く通じませんでした。「圏外」です。ハイキング・山登りの装備で、可能なら衛星電話持参が良いようでした。15:00には無事に下山できて感謝感謝でした。





写真1:真弓神社入り口の石碑:奥の左手の肌色の山肌が「大理石の採石場」かな?




写真2:真弓神社裏参道鳥居:階段はこの十数段のみ。後はひたすら「獣道」だけです。




写真3:真弓神社にテクテク登る眞弓かな




写真4:真弓神社社殿:中共武漢肺炎コロナウイルスの疾病退散祈願の昇があるなんていかにも今風ですね。




写真5:真弓神社御由緒沿革略記:本文の冒頭に述べたようなことが書かれている様です。


院長のボヤキ(73)2020.08.15.
2020年の梨(豊水):2020.08.15.
 今年の梅雨はいつになく酷くて長かったですね。前回この表紙で出していた「ジベレリン処理のブドウ=ゴールドフィンガー」は長雨で「黒とう病」(=農薬の化学品名からして黒とう病とはブドウのインキンタムシみたいなものでしょう。いわゆるカビ真菌症の類ですな)になり作柄はあまり良くないようです。現在袋がけしていますが、後日またご報告します。
 さて今回は同じく庭に植えた梨の「豊水」の2020年度初めての収穫です。ご覧のように直径は約60mmと小ぶりです。ブドウと一緒に成長ホルモンのジベレリン処理をかましたにしては全く大きくなっていません。昨年に続き二度目の収穫ですが、大きさも今一つ、数も6個しかありません。今から冷蔵庫で冷やしてから頂きます。


2020年の梨-squashed
2020年の梨(豊水):2020.08.15.
2020.08.15. 院長撮影


院長のボヤキ(72)2020.06.18.
ゴールドフィンガーのジベレリン処理2020.06.16
 今年もブドウの季節になりました。巨峰に始まって昨年からは緑色の「ゴールドフィンガー」と言うブドウが収穫できるようになりました。すでにダコニールと言うフロアブル水和剤などで46月に計5回の消毒を済ませましたが、今年のブドウはいずれも豊作の予感がしています。
 そして今年のハイライトはジベレリン処理の導入です。「ジベレリン」は植物の成長ホルモンだそうで、1回目に花房→2回目に果房を100ppmのジベレリン溶液に浸漬すると「種無しブドウ」が大きく成長するようです。「細工は流々仕上げを御覧じろ」と言うところでしょうか。後は昨年のようにスズメやカラスに食べられないようにシッカリと袋がけをしようかと思っています。

ゴールドフィンガーのジベ処理2020.06.18.-squashed
2回目のジベレリン処理を終えてスクスク成長中のゴールドフィンガー

院長のボヤキ(71)2020.05.17.
武漢コロナウイルス肺炎の季節です
 本当は中国湖北省武漢の海鮮市場の近くにある感染症生物学研究所から漏れた人工的に手を加えられた中共コロナウイルスにより発生したらしい「武漢コロナ肺炎」ですが、武漢では201911月には既に第1号の患者が発生し、人人感染が起きることが確認されていたようです。中共政府(およびその子分のWHO)の隠蔽体質と更には「折角ならこのまま世界中に拡散してしまえ!。あっ、その前に世界中のマスクと防護服はあらかじめ買い占めとけよ!あとから高〜く売りつけたるからな。」なんて言う習近平の指示で世界中がとんでもない事になってしまいました。
 まあ現状では2020.04.07の緊急事態宣言の後、1か月以上をすぎた本日5/17までに埼玉県のコロナ感染患者さんの数は986名、死者数は45名です。感染診断の決め手となるPCR検査は保健所がなかなか受付けてくれない状態が続いていましたが、この5/1からは岩槻医師会保健センターでドライブスルー検査ができるようになりました。
 当院からもこれまでに2名のPCR検査を受けていただきましたが、両名とも幸い「陰性」でした。
 とは言いながら、通常診療中のクリニックに突然、発熱+咳+喉の痛み+倦怠感+味覚障害+息苦しさ、といった武漢コロナウイルス肺炎を思わせる症状の患者さんが飛び込んでくると、冷静な対応が出来なくなります。
 院内にも写真のように「防護服装着」の用意はしておりますが、着込むのに10分間ほどの時間が必要です。また待合室には通常診察の患者様方も在室して居られます。そこで、それらしい症状の患者様方はどうかあらかじめ電話連絡していただき、18:00以降の時間帯に来院していただきますようにお願い申し上げます。

コロナ防護服のコピー-squashed

院長のボヤキ(70)2020.03.01.
芝山古墳はにわ博物館のユダヤ人はにわ2020.03.01.
 武漢コロナ肺炎に戦々恐々の毎日ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?新型コロナウイルスCOVID-19なんてのがまだ噂にも上っていなかった今年2020.01.19.に、成田国際空港に程近い千葉県山武郡芝山町に「ユダヤ人埴輪がある」と田中英道先生の「ユダヤ人埴輪があった!日本史を変える30の新発見:扶桑社」を読んで感銘を受け、いそいそと出かけて行きました。
 最近の左翼がかった自虐史観に染まった日本史の教科書には全く載ってないでしょうが、世界最古の磨製石器は約3万年前の旧石器時代:群馬県みどり市笠懸町にある岩宿遺跡(いわじゅくいせき)で出土した黒曜石で出来た「槍先形尖頭器」と呼ばれる石器です。
世界最古約1万6500年前の土器は青森県大平山元(おおだいやまもと)遺跡から出土した縄文土器です。(この発表のしばらく後に中国湖南省の洞窟で約1万8000年前の土器が発見された、というフェイクニュースが流れましたがこの土器の現物は「紛失した」のだそうです)
縄文文明:三内丸山遺跡(約5500年前~4000年前)など各地の縄文時代の大規模な集落跡:この縄文文明は定住狩猟漁獲型+後には陸稲(おかぼ)稲作を加えた平和で安定した戦争のない時代が1万年以上続きました。
そして3世紀〜7世紀の古墳文明。世界最大全長486m高さ35mの墳墓:前方後円墳の仁徳天皇陵が有名ですが、日本全国には各地に16万基以上の円墳、方墳、前方後円墳が作られました。エジプトのピラミッドの数が高々140基ですから、その大きさや数でも日本の古墳文明の凄さは圧倒的です。
 前置きが長くなりましたが、その古墳の数では第1 兵庫県(17,647基)に次いで第5 千葉県(10,494基)なんです。田中英道先生の説では、そもそも「天孫降臨」もとの「高天原」は「日高見国」として縄文時代から関東地方にありタカミムスビやアマテラスが治めていた、そして古墳時代にもその残存勢力としてローマ帝国(大秦国)のユダヤ人難民が「日の出る国」日本を求めて東へ東へ秦の始皇帝として支那統一日本への技術者難民として流入:秦(はた)氏として宇佐神宮一帶、京都太秦、そして芝山町一帯にも勢力圏を確立していたらしい。養蚕、土木建築、製鉄技術を持ち、「鉄剣」で常時武装し、これまではいわゆる「武人はにわ」と言われていたものですが、これらが芝山の古墳の周囲に整然と埋まっていたわけです。独特の帽子を被り長い鬢(美豆良)とあごひげを持ち、鼻の高い細面の顔立ちをした大型の人物埴輪が多数展示されていました。中には中東的な形の柄をもつ刀を帯びた埴輪もあり、田中先生がこれを「ユダヤ人埴輪」と見抜かれたのはナルホドと感服しました。

芝山古墳はにわ博物館2020.01.19.-squashed
2020.01.19.院長夫人撮影

院長のボヤキ(69)2019.12.15.
2019年の庭の柚子2019.12.15.
 庭に植えた柚の木に今年もたわわに実りました。今年2019年の我が家の柚子の木の収穫は30個ぐらいです。一昨年2017年が15個だったので2年間で収穫は倍増しました。  2019年の冬至は1222日の日曜日です。冬至は一年のうちで最も日が短くなります。古来、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に再び力が甦ってくる「一陽来復(いちようらいふく)陰が極まり再び陽にかえる」と言い、冬至を境に運が向いてくるとしています。  柚子(ゆず)=「融通」がきく、冬至=「湯治」なんて語呂合せから、冬至の日にゆず湯に入って一陽来復のために身を清めるのが目的でしょうか。冬が旬の柚子は香りも強く強い香りのもとには邪気がおこらないそうです。また、柚子湯には血行を促進して冷え性を緩和したり、体を温めて風邪を予防したり、果皮に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果、芳香によるリラックス効果があります。  丸ごと入れてもニオイが出にくいので我が家では輪切りにした柚子を洗濯ネットに入れてグチャグチャに潰して楽しんでいます。大きいものは11個、小さいなら2個ぐらい使います。今年は写真を撮った11月末ごろから冬至の12/22までほぼ20回ぐらい楽しめるわけです。


2019.11.17.に院長撮影


院長のボヤキ(69)2019.09.24.
父親100歳の表彰式2019.09.19.
 大正8年8月15日生まれの私の父親がこの夏めでたく100歳を迎え、敬老の日に熊本県南関町から表彰されました。人口1万位人弱の小さな町ですが100歳以上の長寿者が4名表彰されたそうです。うち1名は父親のお姉さん(私の叔母)だったようですからやはり長寿の家系なのでしょうか。父親は体の方は元気ですが耳が遠くて普通にお話しはできません。筆談が必要です。テレビも字幕で見ているようです。近所に住む私の姉達がサポートしていますが、まだ介護認定審査は受けていません。夏場は毎日、草刈り機で庭の草刈りをし、毎日30分間の散歩を欠かさないそうです


Pasted Graphic2019.09.19.に撮影


院長のボヤキ(68)2019.08.28.
自宅庭のナシ豊水2019.08.28.
 庭に植えたナシ=豊水に、今年初めて「梨の花粉」を購入して2019.04.11.に人工授粉を行いました。そして4ヶ月が経過して、ご覧の通り、結実した梨の実がたくさん成っています。予想していた結実20個以上あります。だいぶん大きくなって「みかん大」かな?少し黄色みがかってきました。一部すでに食べてみましたが結構甘くて美味しいです。これまでの経過は院長のボヤキに掲載中です。

自宅庭のナシ豊水2019.08.28.
庭の梨2019.12.15.編集

2019.08.27.に院長撮影


院長のボヤキ(67)2019.06.13.
自宅庭のナシ豊水2019.06.13.
 庭に植えたナシ=豊水に、今年初めて「梨の花粉」を購入して2019.04.11.に人工授粉を行いました。そしてほぼ2ヶ月が経過して、ご覧の通り、結実した梨の実がたくさん成っています。予想していた結実20個以上あります。だいぶん間引きしました。赤星病の予防の為の農薬散布も4回ぐらい行って、現在のところ大丈夫です。追って成長具合をアップロードして行きます。これまでの経過は院長のボヤキに掲載中です。

自宅庭のナシ豊水2019.06.13.
梨2019.06.13.
2019.06.13.に院長撮影

院長のボヤキ(66)2019.05.08.
自宅庭のナシ豊水2019.05.05.
 庭に植えたナシ=豊水に、今年初めて「梨の花粉」を購入して2019.04.11.に人工授粉を行いました。そしてほぼ1ヶ月が経過して、ご覧の通り、結実した梨の実がたくさん成っています。予想していた結実20個以上あります。だいぶん間引きしましたがまだまだ間引きが必要かもしれません。これからは赤星病の予防の為の農薬散布も必要です。追って成長具合をアップロードして行きます。これまでの経過は院長のボヤキに掲載中です。

自宅庭のナシ豊水2019.05.05
庭の梨2019.05.05
2019.05.05.に院長撮影

院長のボヤキ(65)2019.04.24.
自宅庭のナシ豊水2019.04.23.
 庭に植えたナシ=豊水に、今年初めて「梨の花粉」を購入して2019.04.11.に人工授粉を行いました。そしてまだ2週間も経っていないのですが、ご覧の通り、結実した梨の実(のタマゴ?)がウジャウジャと成っています。んーーーん!!!予想していた、結実20個以上、なんてもんじゃありません。100個以上あります。もう少し経ったら適当なのを残して大半は間引きしないといけないですね。追って成長具合をアップロードして行きます。これまでの経過は院長のボヤキに掲載中です。


自宅庭のナシ豊水2019.04.24.
梨の結実2019.04.23.-squashed
2019.04.23.に院長撮影


院長のボヤキ(64)2019.04.11.
自宅庭のナシ豊水2019.04.11.
 昨年は初めて庭に植えたナシ=豊水に実がなりました(2018.08.05)。実が成ったのは3個ほどでサイズも小さかったですが、最後まで成長した一個は結構美味しかったです。「来年は二桁の収穫を目指します」と書いたのですが、色々調べているうちに、梨の栽培には「人工授精」が必要なことが分かりました。早速、「梨の花粉10g」(結構高くて¥5,000くらいします)と花粉の増量剤「石松子(せきしょうし)」そして「花粉散布用のデカい耳掻き」を購入して本日(2019.04.11.)人工授精が完了しました。家内は「10個も成ればいいとこやね、スーパーで梨を買ってきた方が安上がりですよ」なんて言っていますが、私の結実予想は20個「以上」です。乞うご期待!!!追って成長具合をアップロードして行きます。

自宅庭のナシ豊水2019.04.11.

自宅の梨2019.04.11.
2019.04.11.に院長撮影


院長のボヤキ(63)2019.01.08.
2019年あけましておめでとうございます
 思えば昨年一年間で一回しか「ボヤいて」いなかかったですね。「院長は結構忙しい」なんてね。
 2019年は開業から丸11年目の年になります。昨年、西口は開口しましたが、私も以前勤めていた双樹記念病院の跡地を、昨年さいたま岩槻病院が買い取って再開業しました。このためか当院の患者さんもだいぶこの「箱物」病院に流れたようです。相殺されて昨年期の実際の患者来院数は一昨年より若干増えていますが期待したほどではなかったようです。

 まあ今年一年、また頑張ります。

院長のボヤキ(62)2018.04.14.
眞弓循環器科クリニック10周年記念日
 本日2018.04.14.で眞弓循環器科クリニックは開院から丸10年になります。開院したのは2008.04.14.でした。当時、岩槻駅の西口は開口していなくて東口から10分ほどまわり込まなくてはなりませんでした。現在大繁盛のヤオコーも無く、フェスタタウンもできましたが入居者も稀で夕方になると部屋の電気がまばらについておりました。西口の「ロータリー予定道路」という事で砂利道の道路が申し訳程度にあって、まわりにはぺんぺん草が生えておりました。「一年後には西口が開口するから」との約束で入居したはずが本当に開口したのはやっと昨年2017年の4月でした。
 開院当初は患者さんが日に4人なんてこともありましたが、おかげさまで最近は安定して来院していただくだけでなく、逆に1時間以上お待たせしてしまうことも時々あります。今後とも皆様に信頼されるクリニック作りに励んで参りたいと存じます。今後ともよろしくお願い致します。

院長のボヤキ(61)2017.12.28.
軍学者の兵頭二十八って知っていますか?
 北朝鮮の原爆及び水爆の開発とその運搬手段としての弾道ミサイルの開発は、つい最近まで日本国内の左翼勢力(=産経新聞以外の新聞各社特に朝日新聞と毎日新聞と共同通信、テレビ各局、自民党左派を含む民進党、立憲民主党、共産党などの野党)によって封印されて来た日本の憲法改正および日本の核武装に関しての議論を遅まきながら活発化させつつあります。また、最近のトランプ大統領と安倍首相の会談ではトランプ大統領の方から日本に対して、日本の憲法改正+核兵器の保持+空母の保持の提案があったらしいとも言われています。
 以前から日本の核武装を正面から唱え、その具体的な方法を提示して来たのが「軍学者」を自称する兵頭二十八です。私は今年平成29年(2017年)2月ごろから集中的にこの兵頭二十八の著作を読み漁ってきました。アマゾンで注文した兵頭二十八の本は全部で44冊でした。いや実に衝撃的、斬新、かつ興味深かったです。今までに色々な作家の小説や随筆を読みましたが半年かそこらで同一作家の40冊以上を読破したことはありませんでした。兵頭氏曰く「自分は同じことは二度書かないからこれこれの事は以前に書いた本を読んでくれ」です。とは言いながら色んな著書の中で繰り返し出てくるのが日本の核武装についてです。
 あまりに沢山読みすぎて具体的な出典を忘れたのですが、確か「ヤーボー丼」かなんかだったと思います。日本は約2兆円くらいの金をかければ12隻ぐらいの潜水艦(ローテーションで最低でも6隻を動かしておく)と潜水艦発射型の核ミサイルSLBM(これにぴったしの固形燃料型ロケット+プルトニウムは既にある)を一年以内に完成できるようです。憲法の問題もあるのであくまで「報復攻撃用」です。日本の皇居あたりに水爆が打ち込まれたら確実に敵国を同定し、北京や上海(モスクワ、ワシントン、ロンドン、パリ)あたりに確実にピンポイントの報復攻撃が出来る事、が大切なんです。
 因みに東京以外でターゲットにされるのは神戸の潜水艦造船施設、関空近くの熊取町だったかの核施設、茨城県の東海村核施設、青森県六ケ所村核施設あたりが第一選択だそうです(写真1)。日本の潜水艦は大東亜戦争の頃から抜群の性能を誇っており原子力潜水艦ではありませんが支那からは目の敵にされているようです。六ケ所村は確かプルトニウムの貯蔵施設があるのでしょう。詳細は写真1の「東京と神戸に核ミサイルが‥‥」を読んでみて下さい。
 兵頭氏によると、どこかのwebサイトを使うと、落ちた原水爆のサイズと爆発後の被害の広がりが計算できるらしいですが、東京に落ちたら風向きで違いますが所沢(たぶん岩槻も)は大丈夫(=直接の爆風被害はない)みたいです。日本には核シェルターは全く用意されていませんが、兵頭氏曰く、各都市の駅周辺の地下駐車場だけでもだいぶん違うようです。都内には地下鉄がいっぱい走っていますが人口比でいうとそれだけではまだ足りないとか。我がさいたま市岩槻駅の地下にも大駐車場を早急に整備してほしいものです。これまで積極的に核攻撃に対する備えを怠ってきたツケが回ってきています。先日、北朝鮮が日本を超えて太平洋にミサイルを打ち込んだ時、J-アラートとやらがテレビで鳴りましたが、着弾まで10分かそこらしか有りませんでしたよね。車で行けるとしても10分かそこらで万人単位が逃げ込める場所ってかなり用意周到に作らないとできませんよね。
 原水爆は破裂させる高さを調節して、破壊させる広がりをとるか半永久的放射能汚染化をとるか、だそうです。大きさにもよりますが、例えば上空2-3キロで最大面積破壊となり地表面爆破で一帯は半永久的に放射能汚染されて使い物にならなくなります。潜水艦造船所のある神戸、核施設の東海村などは施設そのものの重要性もありますが周辺に暮らす、潜水艦や核兵器を完成させるに不可欠な優秀な技術者たちが根こそぎ殺されてしまうわけです。
 最近評判の弾道ミサイルを撃ち落とすパトリオットやアメリカ陸軍が開発した弾道弾迎撃ミサイルTHAADなんかは核兵器の抑止や撃ち落としには到底程遠いようです。イスラエルあたりで弾道ミサイルをパトリオットで撃ち落とした実戦経験があるようですが打率は5割程度。THAADに至っては向かってくる弾頭はデコイも複数あってスピードはマッハ20-30の超高速であり、もちろん実戦経験は無し。兵頭氏曰く、500m先からライフルで撃たれた玉を鉄扇で叩き落とすに等しい(=非常に難しく現実的ではない)とのことです。
 北朝鮮にしろ支那にしろ怖いのは核兵器を持っているからであって通常兵器は大したことはない。特に北朝鮮などの空軍は無きに等しい。北朝鮮で怖いのは陸軍の歩兵の数でしょう(敵国占領の歩兵は極めて重要で原水爆を何発撃ち込んでもそれだけで敵国を降伏はさせられません。トドメに攻め込む戦車+歩兵が重要なんです)。まあこの「戦車」も北朝鮮のは旧式のソ連製か何かで、アメリカや日本の戦車の敵ではないでしょう。近代化されてきたとはいえ支那中共軍の通常兵器もそう大したことは無いようです。特に問題となる空軍なんかは、戦闘員の訓練時間の不足、訓練に要する燃料不足、ロシア製コピーの戦闘機自体の耐久性と整備性に多大な問題を抱えているようです(近代兵器は設計図がソックリあっても同じものができるわけではないんです)。さらには現代の戦闘機同士のドッグファイトというのは個々の戦闘機の性能云々よりもミサイルの射程と性能、レーダーやスパイ衛星による監視システムで勝負がきまるようです。
 「今敵国のなになにという航空基地で何機の戦闘機や爆撃機がスタンバイしていて、何機がどこそこの方向に向けてなになにの速度で発進した」とわかったら迎撃した戦闘機は100km以上も離れたところから敵機の予定の航路付近へミサイルを各機あたり2発づつくらい打ち込んでおく。各ミサイルはGPS誘導で進み最後は敵戦闘機の形や赤外線などを認識してピンポイントでドカンと行くわけです。自衛隊は世界最強と言われるアメリカ軍のステルス戦闘機F-22は売ってもらえず、F-35を次世代の主力戦闘機にしたようです。これは現在のF-15などでも十分に支那やロシアと渡り合えている所に、巡航速度マッハ1以上も出せてステルス性の高い強力すぎる戦闘機を自衛隊が保持することは「東アジアの軍事バランスを崩してしまう」ということらしい。まあF-22ってのは数機でもトンデモなくヤバイ戦闘機らしいです。
 もう一つ肝心なことは「中共軍は決して支那国民軍ではない」という点です。支那事変や大東亜戦争中の支那には群雄割拠の馬賊なんかがたくさん居たようですがそれに近い。中共軍は決して自国のために戦争するのではなくあくまで「中国共産党」のために戦うわけです。そもそも支那や儒教国家では一族親子兄弟に対しての「愛」はあっても「公共心」はまるで無い。国家に対する忠誠心なんてものはないらしいです。小隊長大隊長旅団長師団長などと階級が上がることはそのまま「自分の賄賂をかき集める対象の子分たちが増える」ことになる。まあ要は「士気」の問題ですよね。
 海軍力でも似たようなものなのですが、現在日本の自衛隊に導入されている護衛艦(「かが」なんか名前からしてそうですがもう日本の帝国海軍空母加賀の再来ですね。実際、トランプさんの要請を受けてか同型の護衛艦いずもを空母に改修するという話もありますよね)、アメリカ海軍からコピーしたイージス艦、潜水艦をはじめとする軍艦や偵察機P3Cなどはアメリカ海軍と一体となって特に高度に電子ネットワーク化されており、一朝有事には米軍が指揮権を握って、飛んでくる敵のミサイルはイージス艦からのミサイルで撃ち落とす。敵の空母などは艦対艦、空対艦、あるいは地対艦ミサイルで撃沈するのだそうです。ここでもやはりここの船の性能というより、レーダー性能+ネットワーク構築力+偵察機性能+ミサイルの性能などで勝負が決まるようです。
 海軍関連で兵頭氏が強く推奨しているのは核兵器のない日本やベトナム、フィリピン、台湾などの諸国がいかに貪欲醜悪な支那と対決して行くか、と言う点です。答えは簡単で「ひたすら機雷を撒いて支那を海上から雪隠詰めにしてしまえ」と言うことです。日本だけではなく南シナ海で国境問題を抱えるベトナムやフィリピン、インドシナ、ブルネイに一隻100万円かそこらの安い潜水艇を供与し安い機雷を支那の周辺に大量にばら撒く、すると支那への中東などからのオイルの輸送が遮断され中共政府は原油を軍事用に囲い込む、民衆の一揆を誘発してまた群雄割拠の戦国時代に再突入する、みたいなシナリオです。支那周辺の海は遠浅で大型船の航行できる航路は限られているらしい。一旦そこに機雷が敷設されると例えば大型タンカーによる中東あたりからの原油の輸送に関して国際的な保険会社が保険を掛けなくなる、すなわち輸送が出来なくなる、と言うことらしいです。逆に日本なんかはマラッカ海峡を封鎖されたりしても大回りして太平洋側からどこにでも船づけできるのです。
 そして件の尖閣問題です。「たいした島では無いから中国にくれてやれ」なんていうことを言うバカな民主党の議員なんかもいたような気がしますがこれは一事が万事で、尖閣の次は沖縄、対馬壱岐、佐渡ヶ島そしてまた九州、本土と次から次に狙われます。(皆さんがよく使われる「中国」という国名は、ジャイアンがのび太たちに「今後は俺様のことはジャイアン様と呼べよ!」と言って、のび太たちが「ジャイアン様」と言っているのに相当します。日本で「中国」とは広島岡山あたりの「中国地方」のことです。混同しますよね。いわゆる「中国」は中華思想に則って自国を「世界の中心」と言っているわけです。そんなものに従う義理は1mmもありません。差別用語でもなんでもない地理的に的確に表現出来る「支那」=Chinaが世界的な標準用語です。)大東亜戦争の後、中共軍は1951年までにラサを占領しチベット全土を制圧しチベット自治区にしてしまいました。同様にイスラム教の独立国東トルキスタン共和国1949年に中共に占領され1955新疆ウイグル自治区とされました。この辺の事情は兵頭二十八よりもケント・ギルバートの著作の方が詳しいです。
 その尖閣諸島周辺には毎日のように支那の「調査船、漁船、時に軍艦」が出没しています。いつ上陸占領されてもおかしくない。尖閣諸島は歴史的にも紛れもない日本の領土で、1896年に沖縄の郡制施行により八重山郡に編入され国有地に指定され、その後日本政府から実業家の古賀辰四郎に対して貸与、1932年には古賀辰四郎の嗣子である古賀善次に払い下げられ私有地となったものです(また最近は国有化されました)。古賀親子はアホウドリの羽毛の採取、グアノ(海鳥糞)の採掘、鰹漁業、鰹節の製造等の事業を経営し1909年には248人(99戸)の日本人が居住していたそうです。
 その尖閣諸島の防衛に関して兵頭二十八曰く、「なんでトリップワイヤーの防衛隊を守らせないの?」だそうです。トリップワイヤー=鳴子ですね。もし支那軍が尖閣に偽装漁船などで攻め込んで島々を占拠してから日本の自衛隊が取り戻しに行けば、支那軍は「日本軍が侵略してきた!!!」と言うでしょう。逆に自衛隊が旧式の戦車数台でも島に埋め込んで防御拠点にしておけば、支那軍が攻め込んできたときに防御戦となり数人か数十人で守っていて負けそうになっても「今、支那軍が攻め込んできて苦戦防御中なり!!!と全世界に宣伝発信できる」とのことです。なるほど!ですよね。兵頭氏曰くそれが出来ないのは日本の外務省あたりが中共政府と密約でも結んでいるのではないか(写真2)、また中西輝政氏だったかはアメリカのオバマ大統領が止めさせているから(アメリカ帝国衰亡論・序説)という、のですが何れにしてもなんで自国の島の防御一つママならないのですかね。
 そしてそして更にはマッカーサーに押し付けられた、日本を骨抜きにするための「平和憲法」とアメリカ軍による占領状態を70年以上もキープするための日米安保条約の問題です。今年の衆議院選挙は与党大勝利で衆参両院とも憲法改正を発議できる3分の2以上の議席を与党の自民党+公明党(+日本維新の会+希望の党+日本のこころ、など憲法改正に賛成すると思われる保守系の政党)で確保できました。安倍首相は「憲法改正を2020年から施行したい」というものタイムテーブルを発表しましたが、国会議員村井英樹氏によればまだ自民党内もまだ改正案について固まっておらずバラバラの状態で「どうなるか分からない」らしいです。
 本来なら日本が1951年に締結したサンフランシスコ講和条約成立の直後に早々に憲法改正に取り組んでおけばなんてこと無かった筈ですが、時の首相吉田茂の「思惑」かな何かで放置されて70年、今回、やっとやっと憲法改正が出来そうなチャンスが巡ってきました。
 この日本国憲法に関して兵頭氏は、戦争後に戦勝国が戦敗国の憲法を改正するのは「国際法違反である」、直ちに大日本帝国憲法に戻すべきだった、と述べています。また憲法第9条に関しては、「そもそも自衛権は憲法以前の自然権であって、自衛権を禁止する憲法自体が違憲である」と述べています。従って当然、現在の日本国憲法は「改正」ではなくいったん廃案にしなければならない、のだそうです。
 まあ廃案までは出来ないんじゃないかとも思うのですが、何とか安倍さんに頑張ってもらって今の自衛隊を違憲状態ではない「日本国軍」に格上げしてもらいたいものです。
 最後に、兵頭二十八氏の弱点である「戦略的な側面」を藤井厳喜先生の本(写真3:米中激戦!いまの「自衛隊」で日本を守れるか?藤井厳喜、飯柴智亮)から補強しておきたいと思います。
 日本の核兵器保有に関しては単純な国内の問題だけではなくアメリカからの拒否圧力が強いと思います。昔、佐藤栄作首相が非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)なんてのを唱えてノーベル平和賞を貰ったりしましたが、はじめから「持たない」と宣言してしまったら何の抑止力にもなりません。日本は支那、北朝鮮、ロシアの敵性三ヶ国の核保有国に囲まれて「持つべき国」であって、かつ核兵器を製造できる技術を持っていて安全に扱える国すなわち「持つ資格のある国」であります。かつて藤井先生がチェイニー副大統領の関係者の来日に際して通訳として雇われたときに、日本人関係者からの「日本が核武装するとしたらアメリカは反対するのか?」という質問に対して、「日本がちゃんとデモクラティックな手続きを経て核武装する、と決めたのならならず者国家ではないのだからアメリカが反対する理由はない」と答えたそうです。ちょっと出来杉君的な答えですが表向きはそんな答えになるのでしょう。
 同書の共著者で元日本人で元アメリカ陸軍大尉の飯柴智亮氏は1.情報機関の構築とセキュリティクリアランス(国家の機密情報にアクセスするための資格:非機密機密トップ機密)のシステム構築、2.憲法改正、3.非核三原則を廃止してアメリアからの核の持ち込みとヌクレアーシェアリング(レンタル核)の実施、4.自前の核兵器保有とともに核拡散防止の為に東南アジア各国(ベトナム、台湾、インドネシア、ブルネイ、フィリッピン、マレーシア、タイなど)への日本製の核の傘の提供、などの段階を述べています。
 そして最後の最後に飯柴氏が「あとがき」で述べた日本の現状は背筋が凍りつきます。『今日の日本を取り巻く環境は、各国の思惑が複雑に絡み合っており、今にも火が吹き出しそうな火山の状況といって良いでしょう(20174月現在)。台湾、尖閣諸島から最終的に日本全土までを併合し、覇権を広めようとする中国、金王朝の存続と朝鮮半島の統一を図ろうとする北朝鮮、隙あらば漁夫の利を狙って虎視眈々ととしているロシア、(朴槿恵)大統領が起訴され国としての支柱がガタガタとなっている韓国、敵なのか味方なのかよくわからない不良大統領が治めるフィリピン、そして巨大な財政赤字を解消しつつ同時にパックスアメリカーナの世界秩序を維持しようとしている米国ーーー、もはや何が起こっても不思議ではない状態です。そんな中で日本は、未だに憲法九条の呪縛から抜けきれず、もがいている状態が続いています。南シナ海を事実上中国に獲られてしまった現在、台湾こそが最後の砦であり、「ここを中国に獲られると、米中戦争はもはや米側の負けであり、日本が中国領土になるのは時間の問題」という認識も、自分(飯柴氏)と藤井先生とで一致しました。その台湾も、いまや風前の灯です。』
 ん〜「台湾」がキーポイントなんですね。まあ考えてみれば支那は尖閣自体をリスクを犯して取りにくる、というより「台湾を取りついでに尖閣も占領してしまえ」なんですね。自衛隊を尖閣に送って対応している間にロシアは北海道に攻め入って来るんでしょうね。




写真1.東京と神戸に核ミサイルが落ちたとき所沢と大阪はどうなる
東京と神戸に核ミサイルが落ちたとき所沢と大阪はどうなる-squashed


写真2.こんなに弱い中国人民解放軍
不明


写真2.米中激戦!いまの「自衛隊」で日本を守れるか?
不明


院長のボヤキ(53)2017.04.29.院長のボヤキ(60)2017.05.06.(Johns Hopkins University Hospital旅行記)は別記

院長のボヤキ(52)2016.11.13.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.11.13.2016.10.24.からの続き)
 その後にJohns Hopkins 大学のFucks教授とのメールのやり取りで状況がはっきりとつかめてきました。
 Fuchsは私より6歳年下の56歳で1980年代後半から1990年代にかけて私が発表した論文をフォローしていたようです。彼が一番注目したのが私たちがシリーズで発表した中のVIIの論文でした。(Mayumi H, Himeno K, Tokuda N, Nomoto K. Drug-induced tolerance to allografts in mice. VII. Optimal protocol and mechanism of cyclophosphamide-induced tolerance in an H-2-haplotype-identical strain combination. Transplant Proc 1986;18:363-369.)この論文ではマウスの主要組織適合抗原H-2(人間のHLAに相当)を合致させた組み合わせでの同種皮膚移植片に対する免疫寛容が成立することと、その成立に至るための脾細胞静注(day 0)とサイクロフォスファマイド腹腔内注射のタイミングを検討しday 2ないしはday 3がベストであることなどを述べた論文です。Fuchsはこの皮膚移植の実験を追試して私が述べた通りであることを確認したのちに人での骨髄移植(day 0)に引き続いてday 3(及びday 4:このday 4投与に関してはFuchsと議論のあったところです)にcyclophosphamide 50mg/kg静注を行ったそうです。過去にはGeorge Santos1970年代にcyclophosphamide 7.5mg/kgを一週間ごとに静注して上手くいかなかったらしいのですが、Fuchs曰く「私はあなたの投与量とタイミングに執着して成功した」のだそうです。この最初の臨床例は2002年に論文発表されました(O’Donnel PV, Luznik L, Jones RJ, Vogelsang GB, Leffell MS, Phelps M, Rhubart P, Cowan K, Piantadosi S, Fuchs EJ. Nonmyeloablative bone marrow transplantation from partially HLA-mismatched related donors using posttransplantation cyclophosphamide. Biology of Blood and Marrow Transplantation 2002; 8:377-386)。
 FuchsPost-tranplantation cyclophosphamide(骨髄移植後サイクロフォスファマイド:PTCyと略)により、これまで長期生存5-10%だった骨髄移植の成績は長期生存40-50%に飛躍的にアップしたそうです。さらに重要なことはPTCyでは必ずしもHLAが一致しなくても1-3つかぐらいは違っても移植が可能になってきた、ということです。このことは業界に限らず非常に重要で、これまでは骨髄移植が必要な時に家族親族一同の中からHLAの一致する人を探し出してドナーになってもらう、もしそれがダメならHLA一致のドナーを骨髄バンクに登録された他人の中から探し出す、という作業を行なっていたわけです。無作為に一致するドナーを用意するためには百万人単位の骨髄バンクドナー登録が必要でしたが今後は骨髄バンクそのものが必要なくなるかもしれません(EJ FuchsHLA-haploidentical blood or marrow transplantation with high-dose, post-transplantation cyclophosphamideBone Marrow Transplant. 2015 Jun; 50(0 2): S31–S36.)。
 現在、すでに全米で少なくとも50施設以上でPTCyが使われています。またヨーロッパ(ロシアを含む)、インド、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、レバノンなど多数の国のさらに50施設以上でPTCyが使われているそうです。そして肝心の日本では北海道大学の豊嶋(てしま)先生をはじめとしてPTCyの全国トライアルが進行中のようです。今後の素晴らしい成果が待ち望まれるところですが、かつては長期生存が難しいが故に諦められていた症例にも骨髄移植の適応が広がる可能性も大いにあるわけです。
 骨髄移植は種々の白血病などの血液悪性腫瘍に用いられます。まずはそれらの白血病細胞をやっつける「コンディショニング」として、フルダラビン+サイクロフォスファマイド+200cGy TBI(低線量全身照射)、フルダラビン+メルファラン+チオテーパ、あるいはフルダラビン+ブスルファン+チオテーパ、といった前処置をしてから骨髄移植(day0)→サイクロフォスファマイド(days 3&4)PTCyを行うのだそうです。血液悪性腫瘍に対する骨髄移植ではもちろん全ての血液はグラフト=移植片由来に入れ替わる必要がありGVHRgraft-versus-host reaction:移植片対宿主反応)が問題になりますが、完全にGVHRを消してしまうと白血病などの悪性腫瘍細胞をやっつけることができない。故にほどほどのGVHRは残した方が良いらしいのです。
 一方、再生不良性貧血や鎌状赤血球症などの良性疾患に対するPTCyのコンディショニングでは上記の処置に加えてATGantithymocyte globulin:抗胸腺細胞グロブリン)やCAMPATH alemtuzumab:ヒト化抗CD52抗体)なども用いられますが、私が完全同種(H-2minor抗原)の壁を破るために用いた抗T細胞抗体(Mayumi H, Good RA. Long-lasting skin allograft tolerance in adult mice induced across fully allogeneic (multimajor H-2 plus multiminor histocompatibility) antigen barriers by a tolerance inducing method using cyclophosphamide. J Exp Med 1989;169:213-238.)は用いないそうです。抗T細胞抗体を用いると混合キメラ(mixed chimera)が発生して結局は移植片の拒絶につながるらしいのです。
 書いているうちについつい話は専門的になってしまいました。しかし今後は骨髄移植がもっと身近なものになって、あなたのお知り合いやご家族にもPTCyを受けられる方が出るかもしれません。

院長のボヤキ(51)2016.10.24.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.10.24.2016.3.30.からの続き)
 第25回日本組織適合性学会に、北海道大学血液内科の豊嶋(てしま)先生から招待されて札幌に行って来ました。Johns Hopkins 大学のFucks教授が最近の骨髄移植の発展(移植後エンドキサン法)に関してのランチオンセミナーを行うに際し、「Cyclophosphamide-induced toleranceの草分けであるDr.Mayumiに会わせてくれ」とのご希望があったようです。
 Cyclophosphamide-induced toleranceは私が1980年代に九大の野本免疫学教室米国南フロリダ大学R.A.Good教室で完成させた免疫寛容の誘導法です。30年越しに私の研究が臨床応用され、MHC=主要組織適合抗原が一部不一致のドナーからの骨髄移植でも上手く行くようになり、現在この移植法が世界中に広まりつつあるのだそうです。詳細は2016.3.30.のぼやき(40)と院長業績集のあたりをご覧ください。


サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用1-squashed
写真1.豊嶋、Fuchs、眞弓

サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2-squashed
写真2.私のサインした総説論文を掲げるFuchs教授と


院長のボヤキ(50)2016.5.12.(帰国後後記)
ドイツ旅行のまとめ
 楽しかったドイツ旅行から帰国して早くも一週間が経とうとしています。忘れないうちにドイツ旅行の感想を前回のスペイン旅行と比較しながら書いてみましょう。
院長のボヤキ(41)2016.4.29.(ドイツ旅行:第1日目)から(49)2016.57.(9日目)は別記があります)
1.ドイツ人はにこやかで親切な人が多い:スペイン人は切れやすくちょっと待たせるとチッチッと舌打ちしていましたが、ドイツ人が舌打ちしたのは一度もありませんでした。税関のお姉さんやおじさんたちもにこやかでした。
 私のパスポートは2016.5.25.に失効するギリギリのパスポートで行きのチェックインカウンターで「場合によっては入国出来ないかもしれない」と言われていたのですが、入国は全然問題なかった。でも帰りの出国の税関で神経質そうなお姉さんに「もう少しで切れそうだから早く更新しなさい」と文句を言われたぐらいです。
2.ドイツ人は英語をよく話す:スペイン人は英語の話せない人が多かったのに対してドイツ人はホテルや観光業関係者以外の人でもだいたい70-80%の人は英語をそこそこに話します。こちらも大学時代の2年間はドイツ語を勉強しているのでein zwei dreiとかWasser=水、ぐらいは出るのですが、出すとドイツ語でダダーッと返されるので英語で通した方が良いようです。
3.ドイツ人の挨拶は九州地区なみ:ドイツ人の挨拶は、イギリスやフランス、スペインなんかと同じぐらい、日本でいうと九州地区なみでした。知らない人にも挨拶しなくはないがさほど積極的ではない。でも挨拶されたら必ず返す、ってぐらいでしょうか?日本の関東地区では「知らない人に挨拶すると怖がられて逃げられることがある」というのが我々が九州からさいたま市へ引っ越してきた時のカルチャーショックだったのですが、それほどひどくはありません。
 フュッセンのホーエンシュバンガウ城の開場を待っていた時、家内が英語で”Good morning!”と見知らぬアメリカ人のおじさんに挨拶したら「お前はアメリカ人か?」と間違われたそうです。アメリカ人だけでなく私ら九州人もそうなんですが、知らない人からでも面と向かったら挨拶されないとなんか寂しい。多分そのアメリカ人もドイツ旅行中にそんなフラストレーションを溜め込んでいたのかも知れません。
4.ドイツ車のGPSはトヨタほどではないが使える:ドイツ車(=今回はアウディ)のGPSは郵便番号を含む厳密な住所入力が必要な「石頭ナビ」でしたが入力してしまえばキチンと案内してくれる優れもんでした。今回のレンタカー旅行の「一番の懸案」だったのですが、「多分日本のナビのように電話番号入力は無理だろう」と踏んでiPhoneの住所欄にドイツ語入力してiPhone地図に表示されるように泊まる予定の7つのホテルの住所は全て事前にドイツ語で入力しておきました。郵便番号も入れておいたので移動は基本的に問題なくできました。
 最後の最後にレンタカーリターンが見つからずに苦労しましたが、アウディGPSの操作に慣れていないだけかも知れません。いよいよになったらiPhoneをナビとして使えるように(iPhoneをナビとして使うと猛烈に電気を消耗し前回スペインで失敗した)シガレット電源からiPhone充電ができるようにコネクターを持って行っていたのですが、幸いこれは使用せずに済みました。
5.ドイツ人は正直で知ったかぶりはしない:ドイツ人はスペイン人のように聞かれて知らないことでも知ったかぶりをして「あっちだこっちだ」と嘘を教えることはありませんでした。レンタカーリターンの行き方は何人ものドイツ人に聞きましたが56人は「知らない、わからない」とけんもほろろでした。まあこれを悪意を持って見れば「そっけないとか不親切」とかいうことになるのでしょうが、前回スペインで「親切風」な人々のあっちだこっちだに振り回されて5時間近くも目的地に着けなかったことを考えるとドイツ人の正直さに感謝感謝です。
6.ドイツの食べ物はうまい:ドイツでホテルに7泊しましたが、ホテルの朝食には必ず美味しいソーセージ、ハム、分厚いスモークサーモン、いろんな種類のチーズ、クロワッサンなどのパン類やシリアル、果物、野菜、りんごジュースやトマトジュース、牛乳、エスプレッソーなど各種のコーヒーが必ず揃っていました。極め付けは茹でたソーセージと巣蜜でしたが、これらはドイツでも1-2回でした。家内曰く「ついぞ日本食が恋しくならなかったね。日本の味噌汁やラーメンをせっかく持ってきていたのに〜」だそうです。前回のスペインよりは絶対うまい!
7.ドイツ人はアウトバーンをぶっ飛ばすが制限時速はよく守る:世界で初めてドイツで誕生した高速道路網アウトバーンは「どこでも制限時速なし」というわけではなく今回私たちがドライブした全行程ほぼ1,000kmぐらいの中で多分200kmぐらいの区間のみだったと思います。その他は制限時速80100120km/hrとなっていました。都市の近所で交通量が多い、カーブがキツイ、道路が比較的に狭い、などの条件に応じて制限が決められており、ドイツ人のドライバーたちは概ねキチンと制限速度を守っていました。私たちがドイツを走り始めてしばらくはドイツ人は何てぶっ飛ばすんだろうと思っていましたが、目が慣れてきてよくよく観察しているとドイツ人ドライバーはメリハリをつけて制限時速のないところは思いっきしぶっ飛ばしているようでした。
 私自身も今回始めて時速200km/hrを体験させていただきましたが、それなりのいい車に乗って、それなりの広く直線的な道路で、それなりに空いているところでないと経験できないことだと思われました。
 アウトバーンは「ヒットラーが第二次世界大戦の前から作り始め、通行料はタダである」ことも原因かもしれませんが構造はシンプルで日本やアメリカの高速道路のように特別な表示(日本は緑、アメリカはインターステートの青標識など)はありません。パーキングやサービスエリアなどもゼロではありませんが今回私達のコースでは12回しか認めませんでした。まあ、広さや車線数はともかく日本の高速道路が一番クォリティーは高いようです。
 ドイツの一般道路は制限時速50-80km/hrぐらいで日本より広いです。スペインほどラウンドアバウトが多くなく信号機が中心ですが日本の信号機ほど分かりやすくないです。単純に「慣れの問題」と言えないぐらい見にくい位置と小ささです。
8.ドイツのホテルには大小便使い分けの水洗便所はあるがまだウォシュレットはない:今回訪ねた南ドイツのホテルやモスクワ空港のトイレには大小便各々に応じて流す水量を調節できるトイレがありました。ただ結構高級な4星ホテルにもウォシュレットはありませんでした。やはり「日本人なら洗って欲しい!」と一泊¥5,000アップでもその部屋を選ぶと思うのですがね〜。

 というわけで今回のドイツ旅行は大成功でした。前回4年前にはHISという旅行社に頼んで飛行機や旅行保険に入ったのですが、今回は飛行機と保険はエクスペディア、ホテルはBooking.com、レンタカーはAVISのネット注文で全部済ませました。ロシアのアエロフロートはちょっと頂けなかったのですがその他はほぼ完璧でした。AVISレンタカーリターンでつまづきそうになりましたが、後日最後に泊まったモーベンピックホテルとのアンケートを通じた連絡でレンタカーはHertzレンタカーにするとホテルに乗り捨ててシャトルバスで空港まで送迎ができる、とのことでした。
 レンタカー旅行では今回のように午前中にその地の観光を済ませ、昼ご飯を食べて車で次の目的地まで約100-200km1-3時間で移動する、というパターンが一番ラクでした。前回のスペインでは移動距離がちょっと長すぎた。
 さて今度はどこへ行こうか?と悩ましくなります。次回は医局旅行と称して職員を伴ってアメリカの「マウントラッシュモアとイエローストーン国立公園」あたりでも攻めようかと思っています。

院長のボヤキ(41)2016.4.29.(ドイツ旅行:第1日目)から(49)2016.57.(9日目)は別記

院長のボヤキ(40)2016.3.30.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.3.30.
 今日はボヤキというよりちょっと自慢話です。事の起こりは数ヶ月前にJohns Hopkins UniversityEphraim Fuchs教授(Professor of Oncology and Immunology)よりLinkedInというSNSを通じて私の研究室時代の研究に関してrespectするご連絡をいただきました。その後、私の九大の後輩で九大一内出身、現在は北大血液内科の豊嶋崇徳(てしまたかのり)教授からも「最近、先生のサイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容を臨床応用して骨髄移植後エンドキサン法という新しい骨髄移植法が世界的に広まってきていますよ!」という突然のメールをいただきました。私が青春時代の十数年間を捧げて日米の研究室で完成させた研究が20年の月日を経てやっと日の目を見た、ということかもしれません。
 予防接種、というとジェンナーの種痘が有名です。天然痘ウイルス感染を予防するために予め人あるいは牛の天然痘ウイルスを軽く感染させるとその後の本格的な流行があっても天然痘に感染しなくなります。同種移植と呼ばれる人から人への移植でも同様の反応が起きます。そもそもAさんの人の体の中にはA, B, C, Zさんに反応する免疫細胞リンパ球のひな型が全て用意されています。しかしながら生後間もなくAさんの体の中にはAさんを攻撃するリンパ球だけは消去されます。故にAさんにはB, C, D, Zさんに反応するリンパ球しか残されていません。そこにBさんの血液や臓器で軽く免疫しておいて2回目にBさんから臓器移植すると「急性拒絶反応=second set rejection」が起きます。
 このBさんの抗原で1回目に刺激するところをできるだけ大量の骨髄細胞で一気に刺激して、Aさんの身体の中に存在するすべての反Bさんリンパ球を全て誘い出して分裂させておいて抗癌剤サイクロフォスファマイド(=エンドキサン)で一気に叩き殺す、一方でC, D, E, Zさんに反応する免疫細胞は分裂していないので殺されないで温存される。という仕掛け。ちょっとややこしかったでしょうか?
 Ephraim Fuchs教授によればこの方法の臨床応用により主要組織適合抗原(HLA)が一致しない組み合わせでの骨髄移植が可能になり(これまでは親子兄弟や大量のドナープールから選び抜かれたHLAが一致する組み合わせのドナーしか骨髄移植ができませんでした)、数百数千人の患者さんが救われているそうです(personal communication)。日本では北大血液内科の豊嶋崇徳教授が日本で最初の200例ほどをやられています。
 私は以前は心臓外科医としてメスを取っていました。昔の心臓外科手術は早朝から夕方までかかって手術したら三日三晩寝ずの番をして術後管理する、というスタイルでした。「主治医がバテたら患者は死ぬぞ」と言われたものです。しかしFuchs教授や豊嶋教授にこの話を伺ってからは何か寝たままで自分がいっぱい手術して沢山の患者さん方を助けているような、ちょっと、いやかなりいい気分です。
 ご興味のある方は私の日本語の総説(サイクロフォスファミド誘導性免疫寛容:日外会誌 97(12):1097-1108, 1996を読んでください。

院長のボヤキ(40)2016.1.17.
伊勢神宮外宮2016.1.10.
 生まれて初めて「お伊勢参り」してきました。2016.1.10-11.の連休を使って車で伊勢市まで片道約7時間ほどの行程です。伊勢神宮は外宮(げくう)と内宮(ないくう)がありますが、写真は外宮です。正月3が日や成人式連休は伊勢神宮近辺の「伊勢」と「伊勢西」インターは混雑を避ける為に出口閉鎖されており、結局その先の出口を出て「パーク&シャトルバスライド」を利用しました。外宮からお参りしましたが(写真1)20年ごとの式年遷宮のテレビ報道で見た御社そのものです。お参りには普通の神社にある「神様呼び出し用の鈴」がありません。
 やはりハイライトは内宮です。川を渡る木製の大きな橋を渡り、「三途の川?」の横を通って深い森の中の参道(写真2)を進むと中心的なお社の「正宮」がありました。とにかく成人式の派手な若者をはじめ、人人人でごった返していました。もう少し空いている時期にゆっくりとお参りしたいものです。

伊勢神宮外宮1-squashed
写真1.伊勢神宮外宮2016.1.10.

伊勢神宮外宮2-squashed
写真2.伊勢神宮内宮への参道2016.1.10.

院長のボヤキ(39)2015.12.10.
十兵衛が競技会第2部にて優勝:2015.12.6.
 2015.12.6.に春日部市西宝珠花の大凧上げ会場にて埼玉訓練士会主催の第51回競技会が約190頭のワンちゃん達を集めて開かれました。我家の愛犬十兵衛も出場し見事優勝してしまいました。競技会の大会長を兼ねる羽鳥さんと奥様も「うちからも久しぶりのチャンピオン犬です」とちょっと興奮気味でしたし、私自身も貰ったこともないような立派な4本柱のトロフィーと賞状をいただきました(写真12)。私自身は素人でよくわからないのですが、「狙って取れるものでもない」結構大変な賞のようでした。
 以前も「院長のぼやき」(院長のボヤキ(34)2014.10.26.)で書いておりました通り、十兵衛の自動車や自転車に対する吠え癖を治してもらうために犬の学校トレーニングハトリ(浦和第一警察犬訓練所)に201410月から6か月間ほど預けてトレーニングを行ってもらっておりました。卒業時に家庭犬しつけのCDIIに合格したり競技会でも3位に入ったりしていたのですが、今回は再度の「しつけ」を兼ねて10日間の再入所を勧められ1126日から再教育を受けてからの出場です。
 競技の「第二部」というのは服従性を見る競技のようで首輪やリードなしで指導士の堀田直弥さんが指示を出し、伴走してお座りをさせ待ての指示を出す→10mほど歩いて「来い」の指示で呼ぶ物品持来(ボールみたいな物を投げて指示があるまで待たせて「よし」でもって来る)など幾つかの種目を指導士の指示通りにやれるか、というものでした。
 前日からの羽鳥さんの指示通り、競技の前と最中は飼い主が顔を見せないほうが犬の集中力を保てる、というので指導士の堀田さんと十兵衛の競技直前のリハーサルの時も車の中からそっと見守っておりました。同じくトレーニングハトリに愛犬を預けていた俳優で歌手のつるの剛士さんの奥様が、同じ競技に出場していた愛犬のビデオ取りをしていて競技中の愛犬に見つかってしまい振り向かれて減点されたそうでした。つるの剛士さんはこの競技のチャンピオンを狙っておられたそうで、横取りしたみたいでスミマセン。
 でも下記の優勝記念の写真を撮るだけでもじゃれ付かれて「おすわり」させるのが大変でした。自宅に帰れば普通のワンコに戻った十兵衛でした。

十兵衛が競技会第2部にて優勝1-squashed
写真1.埼玉訓練士会主催第51回競技会第二部優勝の賞状とトロフィー

十兵衛が競技会第2部にて優勝2-squashed
写真2.埼玉訓練士会主催第51回競技会第二部優勝の賞状




院長のボヤキ(38)2015.12.1.

 先月より医療法人社団誠眞会(せいしんかい)になりました

 2015.11.1.から医療法人化いたしました。患者様方には何も変化やお手数をおかけすることはありませんが、お取引のある業者様方には振り込み口座名や番号、引き落とし口座の変更など大変ご迷惑をお掛けいたしました。
 基本的には何も変わらないのですが、継承など諸処の事情に鑑み法人化しました。まあカバン一杯分ぐらいの書類のやり取りが必要でしたがやっと落ち着いてきました。

院長のボヤキ(37)2015.11.18.
 院長が「処方まる見えゼミナール」出演中
 ProファーマCH「処方まる見えゼミナール」(生活習慣病やアレルギー、うつ病などの処方に関する講義)に眞弓院長が講師として出演中です。薬剤師さん向けのネット配信番組ですが、近所の薬剤師さんに頼んで見せてもらってください。そのうちにこのホームページにアップロードしようと思っています。

院長のボヤキ(36)2015.10.18.
 2015.10.15.にホームページRapid Weaver 6 への更新済み
 これまでのRapid Weaver 5 からRapid Weaver 6 へ更新を済ませました。よりスッキリと分かりやすいデザインになった気がします。
http://w01.tp1.jp/~a110115141/styled-110/index.html
 更新にあたっては外枠というか「型」はうまくコピーされたのですが、なぜか各ページの記述全部は一気に取り込みコピーによる更新ができず一つずつRapid Weaver 5の分からコピペを繰り返しました。思えば3年ぶりの大改定で1ページずつ読み返しながら訂正しました。最後に一気にアップロードするときに表示されたファイルの数は700近くあり、ページ数では約250ページ、まあこの3年間でよくも書き込んだもんだと我ながら感心しました。
 Rapid Weaver 6 への更新はソフト代が¥4,000でした。ソフト全般の印象としては「よりシンプルに」「より多様に」なったような気がします。初めて使う人には作りやすくなったのかもしれません。Rapid Weaverはアメリカでの利用者は多いようですが日本ではまだまだ普及が足りない。更新の説明書きも英語のメールのみでした。
 3日間にわたる250ページ分のコピペの繰り返しで無事更新できて正直ホッとしています。この手の更新はこまめにやらないと会社からのサポートが受けられず段々取り残されてパソコンなどハードの更新もままならなくなりますよね。

院長のボヤキ(35)2015.7.15.
十兵衛 is back
 2014.10.19.に犬の学校ハトリに入所させてから6ヶ月でほぼしつけが終わり、家庭犬のトレーニング修了試験CDIIも合格し、その後のコンテストでも第3位という優秀な成績で無事卒業させていただきました。2015.5.14.に引き取りに行きましたが見違えるぐらいに逞しく落ち着いた犬になっていました。
 懸念していた散歩の時の自転車や車に吠え掛かるクセもよくなっていました。まだ車には若干反応しますがこれは牧羊犬の習性として仕方ないかもしれません。また噛みグセも無くなっていました。
 排泄は朝昼夕の散歩時に外でさせるようにしていますが、室内では大型犬用のキャリーケースを犬小屋ハウスにして原則はハウス内、時に遊んでやる程度にしています。

十兵衛 is back-squashed
2015.5.31.で満1歳でした

院長のボヤキ(34)2014.10.26.
怒涛の電子カルテ交換と十兵衛の警察犬学校行き
 8月23日から始まった電子カルテの交換(ユヤマアイソル)でこの8月、9月、10月はトンデモなく忙しかった。オマケに隣のメンタルクリニックが閉院することになり、患者さんの最低限一時的な処方や治療を引き受けたため外来は大混雑でした。例年この季節は検診も比較的多く、さらには10月にはインフルエンザ予防接種も始まります。さらにさらに有難いことに新患さんも結構来られて「怒涛の電子カルテ交換」となってしまったわけです。皆様が帰られた後も電子カルテのデータ整理に追われました。
 そんな忙しさも開始から2ヶ月が過ぎ、なんとか目処が立ってきた感じです。まあこんなホームページの更新もしようという気分になってきたわけです。
 さて話変わって十兵衛くん。雲黒斎十兵衛には変わりなかったのですが、生後34ヶ月になるとウンチも1日に56回に落ち着いてきました。6種混合ワクチンの2回目3回目狂犬病ワクチンと順調に終了。一方、8月頃になると散歩中に自転車や車に吠え掛かる悪い癖が出始めました。ある人から教えていただいたドッグトレーナーのYさんという方にご相談すると、もともと牧羊犬のボーダーコリーは神経質で車や自転車に吠え掛かることが多いらしい。さらには人間の子供や、小型犬を獲物や羊に見立てて吠えたり噛みついたりする事故もある、自家用車に乗せると車の中から外の車や自転車に狂ったように吠えることもある、なんて怖いことばかりおっしゃる。結局、自分の出張しつけに自信がなかったらしい。
 結局は春日部にある犬の学校ハトリ(正式屋号は「浦和第一警察犬訓練所」だそうです:http://training-hatori.com/index.html)という親子3代で警察犬の訓練学校を経営されている羽鳥さんにお願いして6ヶ月お預かりで訓練をお願いすることにしました。2014.10.19.にご相談に行き、即決で入所させました。十兵衛にはチョット可哀想な気もしましたが、今後10年20年と人間様と付き合って行くことを考えれば大切な訓練期間だろうと考えました。来年の春には元気で賢くなった十兵衛との再会が楽しみです。ちなみに飼い主として十兵衛が自宅にいたのは3ヶ月間ですが、訓練期間に飼い主を忘れるような薄情な犬はこれまで一頭もいなかったそうです。

院長のボヤキ(33)2014.8.6.
やっとボーダーコリーがやって来た!
 先日2014.7.27にボーダーコリーの引き取りに行ってきました。

十兵衛がやってきた-squashed

 2014.7.27.やっと来ました十兵衛くん。2014.8.6.現在、家内と「子育て」に奔走+格闘中です。まあ特に「ウンコ」との格闘かな‥‥はじめの2日間は下痢腹=ストレス性胃腸炎?で「クラシエ柴苓湯」を1/3包ずつご飯に混ぜて飲ませたところ3日目には固まりました。先住民族の猫族、キナと有吉くんは「ファーッ」+猫パンチで出迎えています。やはり血統種ラグドールの有吉は意外と自分が犬に近いのか比較的友好的です。犬を連れての「お散歩」が目的で飼った犬でしたが、子犬用の首輪をつけてお散歩の練習をしても「座り込み」で抵抗します。オット、犬のお散歩にも「練習とトレーニング」必要なんかよーっ?聞いて無かったよー!!!雲国斎十兵衛くんは「月に一回ぐらいは入浴を」と物の本には書いてあったのに何の事はない、2日に一度はシャワーとシャンプーです。まあ入浴させるのは猫んちの100倍ぐらい楽ですが‥‥

院長のボヤキ(32)2014.7.18..
やっとボーダーコリーがやって来る!
 先日2014.6.29.に世田谷のブリーダー宅を訪問し、念願のボーダーコリー購入の決めてきました。「出生証明書に記入する名前は?」と聞かれて、以前から決めていた「十兵衛」と記入命名しました。ちょっと強そうでしょう?引き取りは7/27の予定です。

十兵衛がやって来る-squashed
2014.6.29.ブリーダー宅にて「十兵衛」

院長のボヤキ(31)2013.12.22..
嘔吐下痢症の時の食べ物は?日本人なら「おかゆ」でしょう!!
 このところ岩槻区内(というより日本全国?)ではウイルス性胃腸炎が流行っています。まだインフルエンザよりずっと多いようです。さてそのウイルス性胃腸炎で下痢や嘔吐を繰り返す患者さん方には「脱水状態にならないようにポカリスエットやOS-1などの電解質飲料を十分飲んでおいて下さいね。」とお伝えするのですが、最近ちょっと気になる質問を繰り返し受けるようになりました。「先生、どんなものを食べたら良いのでしょうか?」「エッ?普通におかゆでも作って食べて下さい。」
 同じ質問を繰り返し聞かされると、どうも最近の若者は病気の時におかゆを食べていないのではないか?と思うようになりました。皆さんいかがでしょうか?お子さんが病気をした時、おかゆを作って食べさせていますか?
 ご存知のようにお米は完全栄養食です。炭水化物だけでなくタンパク質や脂質も含み、それだけ食べていれば何とかなる食べ物です。生米から土鍋なんかで直接炊き上げたおかゆは独特の透明感ととろみとうまみがあります。冷や御飯のおかゆでも良いんです。栄養価には変わりはない。生卵を一個といて梅干しを一個のせるだけでさらなるタンパク質と電解質も加わり、めげた食欲も増してきます。水の量を調節するだけで3分粥5分粥全粥と回復度に応じた固さに調節できます。
 このところ埼玉県下でもインフルエンザが本格的に猛威をふるい始めたようです。どうかお母さん方、子供たちが病気になったら暖かいおかゆを食べさて上げて下さい。

院長のボヤキ(30)2013.9.17.
台風一過
 昨日の台風18号はいかがでしたか?前日の雨と当日は風がひどかったですよね。またまた竜巻が発生したところもあったようで、いったいどうなっているのでしょう。「竜巻」なんて云うのはアメリカのオクラホマあたりの出来事かと思っていたら日本で、しかも岩槻近辺で発生するなんてびっくりです。

院長のボヤキ(29)2013.7.22.
AGA(男性型脱毛症)を治しましょう」のアップロードのお知らせ
 AGA(エージーエー:Androgenetic Alopecia)=「男性型脱毛症」治療薬プロペシアは28日分=¥7,000と保険が利きませんが7-8割の有効率です。
 最近はホームページ作りのネタも減って来て「ボヤキ」も減って来ていますが、FACEBOOKネタも減っているのでやはりこのところチョッと忙しいようです。先日、山門高校の同窓会に出て来たところ同級生の一人が「島 遼作」のペンネームで文壇デビューしていました。ウーーン、チクショー!!先を越された。でも読んでみるとなかなか面白いので許してあげることにしました。

院長のボヤキ(28)2013.2.15.
Runtastic Heart Rate PROを使っての心拍数測定法」のお知らせ
 本日中にiPhoneApplication Storeから「Runtastic Heart Rate PRO」っていうソフトをインストールすると無料で自分の心拍数が測定できます。発作性心房細動や心室期外収縮などの不整脈の持病のある方でスマートフォンをお持ちの方は是非試してみて下さい。毎日の記録も残ります。一度お試しを!なお昨日今日までは無料でした。払っても85円ぐらいですので是非インストールしてみて下さい。使ったご感想は眞弓までフィードンバックして下さい。(「ボヤキ」じゃないけどこの欄だけ読む人のためにアップロードしました。)

院長のボヤキ(27)2013.1.13.
 今日は「市民会館いわつき」と云うところで毎年?やっている新春落語を聞いてきました。林家木久扇(きくおう)+木久蔵親子の二人会と云うことでした。前座は林家きりん=三年目とかいってましたが、かつての大関清国関の息子さんだそうで身長192cmの長身だから「きりん」だそうです。
 二人目が林家木久蔵さん。「木久蔵」襲名から5年だそうですが、正式な古典落語の演題名は知りませんが「夢」に関しての演目でした。正直いって眠たかった。古典だから?やはり実力不足?たぶん両方でしょう。木久蔵さんはテレビでもおなじみの「若手芸人」の一人として見ればそれなりなのかも知れませんが‥‥ちょっとモノ足りない感じが否めません。ここまではつまんなくて、家内と「昨年の歌丸さんの高座の方が面白かったね」なんて云っていました。ところが‥‥
 三人目が林家ひろ木さんでした。あまりテレビなんかでは見かけませんが、6番弟子とか云ってました。この人のお話は面白かった。また津軽三味線なんかも弾けて、師匠の出囃子に「笑点」の主題曲なんかを弾いてあげていました。これからが楽しみな若手と思えました。
 最後が木久扇さんです。かつて双樹記念病院で同僚だったある先生が、当時(息子に譲る前の)「木久蔵」さんの高座は「とにかくはじめから終わりまで笑いっぱなしだった」なんて云っていましたが本当でした。笑点メンバーの中では「与太郎」役でバカをつとめていますがドッコイ実際は実に面白い!「木久蔵ラーメン」と一緒でテレビでは不味いの返品の山だだの云っていながら本当は実に美味いんです(何度か東京土産で食べたことがあるんです)。
 大東亜戦争の時の昔話は米軍機や日本軍の高射砲などの擬態音も面白かった。立川談志、鳩山由紀夫、大平正芳、田中角栄などの物まねはテレビなんかでは聞いたことも見たこともなかった。とにかく約40分間爆笑の連続でハンカチ出して涙を拭いていました。
 いやー、今年は春から縁起がいいや。。。。

院長のボヤキ(26)2013.1.12.
 のびのびになっていた「RapidWeaver5.3を使っての50-60代のおじさんにもできるホームページ作製法」をアップロードしました。足掛け3日もかかった自称力作です。まあ暇を持て余してホームページでも作ってみるか、なんて思っている人は読んでみて下さい。

院長のボヤキ(25)2012.12.11.
 日本全国津々浦々、「インフルエンザなどの予防注射の後は風呂に入ってはいけません」という「迷信」がはびこっている様な気がします。かく言う私は熊本県の北部出身ですが、母親から「注射したら風呂に入ったらいかんばい!」ってきつく言われていました。しかし実際はコロッと忘れて入浴してしまったことも少なからずあり、それでも何も起きませんでした。医者になってからは、私自身もはじめのうちはひょっとしたら「風呂には入らない方が良い」なんて言ってたかもしれません。チョッと自信がない。
 医師として福岡、山口(下関)、愛媛(松山)、鹿児島(川内)、そして埼玉(岩槻)と各地で活動したのですが、やはり各地のお年寄りは「入浴禁止」を固く信じて疑わないようです。当院にてインフルエンザワクチンの接種を受けた中国人の子供=中学生も風呂に入ってよいか?と聞いてきましたので、中国辺りでも入浴禁止になっているのかも知れません。(その後の知見:やはり「日本文化圏」?の中国、香港、韓国、ベトナム、タイあたりまでは入浴やシャワー禁止になっているようです)
 一方、先日出張接種をしたある企業には日系ブラジル人やペルー人がたくさん働いていて、インフルエンザのワクチン接種をしたのですが、連中に聞いても「注射後は入浴禁止」なんて常識は全く存在しないようでした。ネットで調べるとアメリカでは入浴しても良い、と云う記事を見つけました。「注射後は入浴禁止」というアイデアは東洋医学的な「冷え」などの考えから来ているのでしょうか?。また他のネットのサイトでは「昔の日本では比較的不潔な共同の風呂に入っていたため接種部位から雑菌が入ることを懸念していたため」と説明されていました。
 もちろんEBMEvidence Based Medicine:証拠に基づいた医学)的には入浴すると免疫が付かない、抗体価の上昇が有為に少ない、なんてことは全くないと思います。私は以前は免疫学者としてマウスを用いて移植の拒絶反応を押さえる研究(=免疫寛容)を盛んにやっていたのですが、相当な量の抗癌剤を投与されたマウスでも一般的な拒絶反応や感染抵抗性はキッチリと維持されています。また外科医としての経験から言えば、針刺しの穴なんて人間の高性能の皮膚組織にかかれば一瞬で閉鎖します。さらに最近では外科手術の抜糸前の縫合創があっても手術当日からシャワー程度は許可するのが常識になって来ています。
 私自身は開業後インフルエンザワクチンをはじめ色々な予防接種をするたびに「風呂などは入っても構いませんよ」と繰り返し申し上げていますが、「○○病院では注射当日は入浴禁止されました」なんてごく最近でも患者さんから言われたことがあります。まだまだ医者の間ですら根強い「入浴禁止論」がくすぶっているようです。
 最後に「インフルエンザワクチン予防接種の受け方」にも書いているのですが、国立感染症研究所の岡部信彦先生のお墨付きの図表をアップロードしておきましょう。


院長のボヤキ(24)2012.10.18.
 しばらくはスペインボケでしたが、また今日も一杯気分で一寸一言書きたくなりました。
 I am proud of 〜「私は何とかを誇りに思います」、なんてフレイズは最近あちこちで耳にします。最近観た終戦直後設定のドラマでも日本人が当たり前の様にそう云っていました。しかし20年ほど前まではそんな日本語はなかった。私が留学を前提に英語を勉強し始めたのは大学4年生の頃で、アメリカ人の講師について本格的に習い始めたのが医学部を卒業して3年目の事でした。そして南フロリダ大学=St.Petersburgに留学したのが27年前からです。このころアメリカ人の云うI am proud of 〜というフレイズの感覚が今ひとつ掴めなかった。と云うより何か違和感さえ感じていました。留学してアメリカ人が当たり前に使うのを目の当たりにして少しずつその感覚が掴めて来た次第でした。
 まあ、最近の日本での「私は〜を誇りに思います」の使用法は思わず知らずに入り込んで来た外来語?の感覚か、はたまた誰かどこかの作家が故意に流行らしたものか、良く分かりませんが、このことばがテレビなどで出るたびにそこはかとない違和感を覚える今日この頃です。
 ついでにもう一つ云うと、野球なんかの解説者などがよく使っているGood job! というのもアメリカなどではよく使われて来た表現なのでしょう。これは私が大学12年生で九大の教養部=福岡市六本松にいた頃に全学のバスケットボール部に所属していて対戦した、板付(米軍基地)のバスケットチームのおじさんたちが良く口にしていました。その頃私たちはシュートなどが決まると「ナイスシュート」とお互いに褒めるのが当たり前でした。結局はすごいガタイの米軍チームに負けたのですが、米軍のおじさんたちが口にしていた「Good job!」がその後しばらく九大全学のバスケット部の流行でした。
 外国のことばも文化も食い物も、どん欲に取り入れる日本人に乾杯ーー!

院長のボヤキ(16)2012.9.17.院長のボヤキ(23)2012.9.29.スペイン旅行記としてまとめてあります。

院長のボヤキ(15)2012.8.31.
 ホームページも頑張って作り込んだのは良いのですが、沢山ありすぎて必要なところに行き着いていない患者さんも多いようです。そこでGoogle検索を使った「サイト内検索」を構築しようと現在格闘中です。んーっ、もーチョットなんですけどねー。しばらくはホーム画面辺りにお見苦しい検索画面が続くかもしれませんがご容赦ください。でも「趣味のホームページ作り」もかなり高度化して来たと思いませんか?

院長のボヤキ(14)2012.8.29.
 ホームページもあらかた充実して来ると院長のボヤキも減って来るというもんです。いやーでも今年の夏は暑いですねー。先日は遅ればせながら「熱中症」の項を追加させていただきました。冷たいスポーツドリンクでも飲んで暑い夏を乗り切って下さい。

院長のボヤキ(13)2012.7.17.
 昨日は家内と一緒に大宮ソニックシティであった、「はやぶさ」で有名なJAXAの川口淳一郎先生の講演を聴きに行ってきました。第18回心臓リハビリテーション学会の中の市民公開講座だったのですが、とにかく素晴らしい講演でした。私は年に30件ぐらいの講演会に出席していると思いますが、少なくとも埼玉にやって来てからの8年間ではNo1でした。はやぶさを成功させた秘訣は糸川英夫先生以来、JAXAで受け継がれた「出来る可能性があればやってみる」ことだそうです。日本人に良くある、出来ない理由を滔々と並び立てる人が「出来る」人と勘違いされるのはおかしい。
 川口先生の哲学や来るべき惑星間航路の開設とステーションの建設構想など気宇壮大な素晴らしい講演会だったのに、悲しいかな聴衆は広い会場に100もいたかな?しかも高齢者が中心‥‥。先生のスライドには易しい漢字にもすべてふりがながふってあり、やはり小学生、中学生、高校生などの日本の未来を背負って行くべき若い人達に是非聞いて欲しかった。さいたま市民医療センターの石田岳史先生はじめ事務局のPR不足ではないでしょうか?
 この講演会に行き着くのに、私自身は数ヶ月前に別の循環器系の講演会で石田先生から「川口先生が来る」というのを聞いていたのですが、事前にネットで「川口淳一郎、講演会、はやぶさ」で検索しても出てきませんでした。「心臓リハビリテーション学会」と入力してはじめてこの講演会に行き着いたのですから一般の人はほとんど知らなかったのでは?こんな事なら私が校医をしている小学校の校長先生にでもお伝えしとけばよかった。

院長のボヤキ(12)2012.7.12
 お知らせでも書いた通り、本日より当院のスローガンを「一患入魂の診察と治療」から「みんなで健やかに100歳まで生きるぞー!」に変更しました。まあ、「スローガン」と言うのはその企業や団体の「理念の凝縮」と言っても良いでしょう。私眞弓久則が目指す医療は、私自身を含めて患者さん全員に健やかな状態で取り敢えずは100歳まで生きていただく事です。
 また、理念や目標というのは私が「院長挨拶」でも書いたとおり"Not easy but not impossible"(易しくはないが決して不可能ではない)ことを掲げてそれに向けて努力する、と言う事ではないでしょうか?今の日本人にとって、100歳は決して難しい目標ではないと思います。もちろんただ100歳まで生きれば良い、と言うのではない。「健やかに、元気に」と言うところが大切であると思います。
 私が外来で100歳まで生きましょうと言うと、「いやそこまでは‥‥」と云われる患者さんが多いのですが、高血圧症なら降圧剤、高脂血症ならスタチン系、糖尿病なら血糖降下剤などなど病気を一つ一つ丁寧に片っ端からコントロールして行けば、誰もが100歳まで健やかに生きれると思います。WHO世界保健統計2012年版によれば日本人の平均寿命は男女総合で日本は世界一位の83歳(男性2位=80歳、女性1位=86歳)です。ただし「平均寿命」とは赤ちゃんの時に亡くなった方達や、大東亜戦争などで戦死された方達も含まれていますから、現在70歳の方が後13年で「死ぬ予定」と言う訳ではありません。もっと生きて当たり前なんです。
 「一患入魂の診察と治療」なんてのは私がラーメン屋の宣伝文句の「一麺入魂で用意していますからもうしばらく待って下さい」なんて書いてあったのをもじって作った単なるクリニックの宣伝文句に過ぎませんでした。今となっては一寸反省しています。私を含めて「みんなで健やかに100歳まで生きるぞー!」って、hahahaいいねー。症状の無い高血圧症、高脂血症などの患者さんにコツコツ長ーく薬を飲んで行きましょう、という説明が格段にし易くなった気がします。
 てなわけで、これまでもそうでしたが、私はどこかの開業医の先生方の様に2週間に一度は来院させて診察費を稼ごう、なんてケチな事は決して云いません。症状や各疾患のコントロールが良ければ1ヶ月でも2ヶ月、3ヶ月(90日処方が法律的には最大限ですが)の処方でも構いません。最低限100歳になるまで長ーくおつきあいしましょう。

院長のボヤキ(11)2012.7.5.
 本日、クリニックの熱帯魚の管理会社をアクア総合企画から株式会社ビオレンという所に変更しました。まあ要は値段が安かったからなのですが、ビオレンに言わせると「広島大学との共同研究の成果」で脅威の手抜きシステムを完成させたそうです。
 アクアの向佐さんは毎週来ては丁寧に掃除や約1/3の水換えをされていましたが、ビオレンは循環システムに水槽上部に設置された竹炭フィルターとそこに植えられた数種類の観葉植物を一体化させています。これにより毎日の餌やり魚のウンチ硝酸化合物?(要は窒素の類いでしょう)が上部の観葉植物の肥料になる、ということらしい。ビオレン曰く、これで実際は 1年以上でも全く水替え不要なんだそうです。もちろん水は蒸発して減りますからその分は水道水を加えます。
 ということでビオレンは月に1回しか世話に来ません。人件費がかからない。視ているとやはりガラスのコケ落しや1/4程度の水替えはやっているようです。サラサラと水音がしたり、月一回しか来ない分オーナー自身も時々世話をしないといけない、というのも意外と楽しいもんです。
 熱帯魚でも飼って待合室の無機質な待ち時間を軽減しようと、町中の看板広告費を削ってはじめた院内広告?ですが、サラサラ水音で多少のイライラ鎮静効果があると良いですね‥‥感想をお聞かせ下さい。

院長のボヤキ(10)2012.6.24.
 最近はRapidWeaverでのホームページ作りの事は書いていませんでしたが、このところホームページがグッと充実してきた様に思います。RapidWeaverに関しては本当に誰でも気軽にホームページが作れるすばらしいツールなのでそのうちに使い方をまとめたコーナーでも作ろうかと思っています。チョッとおせっかいですかねー。
 ホームページに関しては、まあ色々な考え方がありましょうが(お父さんのはゴチャゴチャ沢山書き過ぎ、なんて娘には馬鹿にされています‥‥)、私自身は私が持っている色々な情報をこれでもか、ってぐらい取り敢えず提供して患者さん自身に必要なところを読んでもらうのが良いのではないか、と思っています。「対応できる疾患名」「対応できる症状」だけではなく、最近は実際に外来で患者さんに手渡ししてきたプリントの一部もQ&Aコーナー」にアップロードして行きます。
 というよりこのホームページ全体が、私がここ十数年に書き溜めた患者説明用マテリアルの忘記録になっています。パソコンの中も時間が経つとゴチャゴチャになってどこに何があるのかわからなくなりますからまとめる良い機会にもなります。人に頼んで作ったホームページではありませんので、いつでもどこでもアップロードできます。そういうホームページ自体がこれまでなかった、っていうのが本当のところではないでしょうか。

院長のボヤキ(9)2012.6.18
 苦節5年、やっと長期休暇=海外旅行をすることにしました。「お知らせ」に書いた通り来る秋のシルバーウィーク9/15-23を利用してスペイン旅行を計画中です。私の海外旅行は大抵そうですが行きと帰りの飛行機を若干離れた場所に予約して、途中をレンタカーで回ります。今回はスペイン北部バスク地方のビルバオという所に降り立って、近くのサンセバスチャンを皮切りにブルゴスセゴビアトレドなどを巡り、最後にマドリッドから帰国します。アメリアやオーストラリアなどの英語圏はこの方式で全く問題ないのですが、今回はスペイン語圏ですので若干の不安はあります。20年ほど前にフランスはレンタカーで回ったことがあるので多分大丈夫と思います。まあこんなスリルが海外旅行の醍醐味ですよね。9月の連休で海外旅行組が多く、予約はギリギリセーフでした。でもヨーロッパは飛行機代が高いね。

院長のボヤキ(8)2012.5.24.
 あーー!愉快なお散歩仲間のかわいい子犬が欲しいー!!ボーダーコリーか柴犬かなあ?カミさんが許してくれないんだよねー。

院長のボヤキ(7)2012.5.21.
 新緑の季節になり、猫の額ほどの土地ではありますが自宅の庭に色々な植物を植えつつあります。根が口卑しいもんで実のなる植物ばかりになってるねー。まあいいか。

院長のボヤキ(6)2012.4.29.
 まあどこの病院もそうなんでしょうが、今月の後半は「客足」にかげりが見えてきました。さいたま市検診も途切れたせいもありますが‥‥まあこの時期が一番ゆっくりできる時期かも知れません。医業も基本は接客業ですから「患者様=お客様」ですが、医者も「神様」では無いのと同じく、患者様=神様ではありません。切れたり切れられたり、自分ではこの年になっても「修行が足りん」と毎日反省しきりですが、カチンと来た時は自分の精神衛生上、ついつい皮肉の一言も言ってしまう今日この頃であります。スタッフの皆さんもそうだと思うのですが、誰から見ても変な患者さん=「モンスターペイシェント」と言っても、言われた方は結構傷ついてしまい結構数日にわたり引きずったりするもんなんですよねー。でも通常は患者さん方から「とっても調子良くなった!」って言われると嬉しくて結構やる気がデルンです。
 院長からのお願い=調子良くなったら「スタッフ」には「ありがとう、元気になりました!」の一言をお願いいたします。給料アップよりこの一言にみんな弱いんだよね。ありがとう!

院長のボヤキ(5)2012.4.18.
 ホームページ作りも60%だ、あらかた終わりつつある、だの書いてきましたがいよいよラストスパートです。RapidWeaverには「こうなってほしい」を実現化するキーがどこかにあります。困った時の「ページ情報=iマーク」頼み、かな‥‥サイドバーを左右に動かしたり、画面の横幅を調節したり、リンクマークの色を変えたり。大分見やすくなったと思う。家内には「余り魂を詰めてやると5月の連休にやることが無くなるよ」などと言われています。

院長のボヤキ(4)2012.4.11.
 ホームページ作りもあらかた終わりつつありますが、「対応できる疾患名」「対応できる症状」と前のニュートンドクターから引き継いで若干変更更新を加えています。それぞれ項目が数十個単位であるので分かりやすいようにサブグループを作っていくと、階層が2段3段になって仕舞い、返って分かりにくいかもしれない。さらに問題は「サイトマップ」の表示が大きく一枚にすべてドカーンと表示されるだけで個別の階層の見出しが作れないことです。どこかに処理するコマンドがあるかもしれないけど良く分からない。あらかた済ませた画面をネットで表示しURLサイトからリンク用の必要部分をコピーペーストして入力画面の必要部分に入力するといいようだ。

院長のボヤキ(3)2012.4.5.
 ホームページ作りまだ一週間にならないけどもうかなりできたよ!私のイメージでは60%かな??RapidWeaver5.2.2はつくづくいいね。チョット慣れてくるとWordExcelと同じだね。こんな良い物、みんななんで使わないんでしょうかねー。クリニックのホームページ作りなどは業者に頼むと制作費に数十万さらに毎月の維持費に数万円かかるものね。
 私の「趣味のホームページ作り」もだんだん佳境に入ってきましたよ。もう粗方の形はできてきましたが、RapidWeaverにはまだまだ隠れたと言うより私が知らない使い方がまだまだありそうなので、これからはもうチョット冒険してみようと思います。

院長のボヤキ(2)2012.4.1.
 ホームページ作りは結構順調です。RapidWeaver5.2.2は結構良いねー。Adobe DreamWeaverなんぞは¥45,000ぐらいして、しかも作り方も教本読んで結構大変そうでしたよ。買わなくてよかった!この分で行くと今月中にはニュートンドクターのホームページから移行が終わりそうな気がしてきたよ。使用メモリーはまだ2MBも行ってないし、100MBまでは基本料金に含まれてただのJCN関東の方がよかったかな?

院長のボヤキ(1)2012.3.31.
 RapidWeaver買った(¥6,500ぐらいだったかな?)けどまだ使い物にならないよ〜と思っていたら、今日はToppa!サポートセンターに電話してホームページを開設する事ができました!「パス」とか云う記入欄に「public_html」に入れるだけだったんだよね。間違ってURLそのものを入れてました。
 私は自宅(JCN関東)とクリニック(Toppa!)で二つのプロバイダーを使っていますが、ホームページ開設に関しては、JCN関東=21/MB/月とToppa!2/MB/月とToppa!の方が圧倒的に安い事が分かりました。ただJCN関東は100MBまでは基本料金に含まれます。
 と言う事で今日からはToppa!のウェブサイトを利用してホームページをニュートンドクターから移行して行きたいと思います。うちのニュートンドクターのホームページって結構ヘビーなんだよね。一生懸命書いてますから‥‥

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