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骨髄移植後サイクロフォスファマイド法:サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用



院長のボヤキ(40)2016.3.30.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.3.30.
 今日はボヤキというよりちょっと自慢話です。事の起こりは数ヶ月前にJohns Hopkins UniversityEphraim Fuchs教授(Professor of Oncology and Immunology)よりLinkedInというSNSを通じて私の研究室時代の研究に関してrespectするご連絡をいただきました。その後、私の九大の後輩で九大一内出身、現在は北大血液内科の豊嶋崇徳(てしまたかのり)教授からも「最近、先生のサイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容を臨床応用して骨髄移植後エンドキサン法という新しい骨髄移植法が世界的に広まってきていますよ!」という突然のメールをいただきました。私が青春時代の十数年間を捧げて日米の研究室で完成させた研究が20年の月日を経てやっと日の目を見た、ということかもしれません。
 予防接種、というとジェンナーの種痘が有名です。天然痘ウイルス感染を予防するために予め人あるいは牛の天然痘ウイルスを軽く感染させるとその後の本格的な流行があっても天然痘に感染しなくなります。同種移植と呼ばれる人から人への移植でも同様の反応が起きます。そもそもAさんの人の体の中にはA, B, C, Zさんに反応する免疫細胞リンパ球のひな型が全て用意されています。しかしながら生後間もなくAさんの体の中にはAさんを攻撃するリンパ球だけは消去されます。故にAさんにはB, C, D, Zさんに反応するリンパ球しか残されていません。そこにBさんの血液や臓器で軽く免疫しておいて2回目にBさんから臓器移植すると「急性拒絶反応=second set rejection」が起きます。
 このBさんの抗原で1回目に刺激するところをできるだけ大量の骨髄細胞で一気に刺激して、Aさんの身体の中に存在するすべての反Bさんリンパ球を全て誘い出して分裂させておいて抗癌剤サイクロフォスファマイド(=エンドキサン)で一気に叩き殺す、一方でC, D, E, Zさんに反応する免疫細胞は分裂していないので殺されないで温存される。という仕掛け。ちょっとややこしかったでしょうか?
 Ephraim Fuchs教授によればこの方法の臨床応用により主要組織適合抗原(HLA)が一致しない組み合わせでの骨髄移植が可能になり(これまでは親子兄弟や大量のドナープールから選び抜かれたHLAが一致する組み合わせのドナーしか骨髄移植ができませんでした)、数百数千人の患者さんが救われているそうです(personal communication)。日本では北大血液内科の豊嶋崇徳教授が日本で最初の200例ほどをやられています。
 私は以前は心臓外科医としてメスを取っていました。昔の心臓外科手術は早朝から夕方までかかって手術したら三日三晩寝ずの番をして術後管理する、というスタイルでした。「主治医がバテたら患者は死ぬぞ」と言われたものです。しかしFuchs教授や豊嶋教授にこの話を伺ってからは何か寝たままで自分がいっぱい手術して沢山の患者さん方を助けているような、ちょっと、いやかなりいい気分です。
 ご興味のある方は私の日本語の総説(サイクロフォスファミド誘導性免疫寛容:日外会誌 97(12):1097-1108, 1996を読んでください。

院長のボヤキ(51)2016.10.24.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.10.24.2016.3.30.からの続き)
 第25回日本組織適合性学会に、北海道大学血液内科の豊嶋(てしま)先生から招待されて札幌に行って来ました。Johns Hopkins 大学のFucks教授が最近の骨髄移植の発展(移植後エンドキサン法)に関してのランチオンセミナーを行うに際し、「Cyclophosphamide-induced toleranceの草分けであるDr.Mayumiに会わせてくれ」とのご希望があったようです。
 Cyclophosphamide-induced toleranceは私が1980年代に九大の野本免疫学教室米国南フロリダ大学R.A.Good教室で完成させた免疫寛容の誘導法です。30年越しに私の研究が臨床応用され、MHC=主要組織適合抗原が一部不一致のドナーからの骨髄移植でも上手く行くようになり、現在この移植法が世界中に広まりつつあるのだそうです。詳細は2016.3.30.のぼやき(40)と院長業績集のあたりをご覧ください。


骨髄移植後サイクロフォスファマイド法1-squashed

写真1.豊嶋、Fuchs、眞弓

骨髄移植後サイクロフォスファマイド法2-squashed

写真2.私のサインした総説論文を掲げるFuchs教授と


院長のボヤキ(52)2016.11.13.
サイクロフォスファマイド誘導性免疫寛容の臨床応用2016.11.13.2016.10.24.からの続き)
 その後にJohns Hopkins 大学のFucks教授とのメールのやり取りで状況がはっきりとつかめてきました。
 Fuchsは私より6歳年下の56歳で1980年代後半から1990年代にかけて私が発表した論文をフォローしていたようです。彼が一番注目したのが私たちがシリーズで発表した中のVII7番目)の論文でした。Mayumi H, Himeno K, Tokuda N, Nomoto K. Drug-induced tolerance to allografts in mice. VII. Optimal protocol and mechanism of cyclophosphamide-induced tolerance in an H-2-haplotype-identical strain combination. Transplant Proc 1986;18:363-369.この論文ではマウスの主要組織適合抗原H-2(人間のHLAに相当)を合致させた組み合わせでの同種皮膚移植片に対する免疫寛容が成立することと、その成立に至るための脾細胞静注(day 0)とサイクロフォスファマイド腹腔内注射のタイミングを検討しday 2ないしはday 3がベストであることなどを述べた論文です。Fuchsはこの皮膚移植の実験を追試して私が述べた通りであることを確認したのちに人での骨髄移植(day 0)に引き続いてday 3(及びday 4:このday 4投与に関してはFuchsと議論のあったところです)にcyclophosphamide 50mg/kg静注を行ったそうです。過去にはGeorge Santos1970年代にcyclophosphamide 7.5mg/kgを一週間ごとに静注して上手くいかなかったらしいのですが、Fuchs曰く「私はあなたの投与量とタイミングに執着して成功した」のだそうです。この最初の臨床例は2002年に論文発表されました(O’Donnel PV, Luznik L, Jones RJ, Vogelsang GB, Leffell MS, Phelps M, Rhubart P, Cowan K, Piantadosi S, Fuchs EJ. Nonmyeloablative bone marrow transplantation from partially HLA-mismatched related donors using posttransplantation cyclophosphamide. Biology of Blood and Marrow Transplantation 2002; 8:377-386)。
 FuchsPost-tranplantation cyclophosphamide(骨髄移植後サイクロフォスファマイド:PTCyと略)により、これまで長期生存5-10%だった骨髄移植の成績は長期生存40-50%に飛躍的にアップしたそうです。さらに重要なことはPTCyでは必ずしもHLAが一致しなくても1-3つかぐらいは違っても移植が可能になってきた、ということです。このことは業界に限らず非常に重要で、これまでは骨髄移植が必要な時に家族親族一同の中からHLAの一致する人を探し出してドナーになってもらう、もしそれがダメならHLA一致のドナーを骨髄バンクに登録された他人の中から探し出す、という作業を行なっていたわけです。無作為に一致するドナーを用意するためには百万人単位の骨髄バンクドナー登録が必要でしたが今後は骨髄バンクそのものが必要なくなるかもしれません(EJ FuchsHLA-haploidentical blood or marrow transplantation with high-dose, post-transplantation cyclophosphamideBone Marrow Transplant. 2015 Jun; 50(0 2): S31–S36.)。
 現在、すでに全米で少なくとも50施設以上でPTCyが使われています。またヨーロッパ(ロシアを含む)、インド、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、レバノンなど多数の国のさらに50施設以上でPTCyが使われているそうです。そして肝心の日本では北海道大学の豊嶋(てしま)先生をはじめとしてPTCyの全国トライアルが進行中のようです。今後の素晴らしい成果が待ち望まれるところですが、かつては長期生存が難しいが故に諦められていた症例にも骨髄移植の適応が広がる可能性も大いにあるわけです。
 骨髄移植は種々の白血病などの血液悪性腫瘍に用いられます。まずはそれらの白血病細胞をやっつける「コンディショニング」として、フルダラビン+サイクロフォスファマイド+200cGy TBI(低線量全身照射)、フルダラビン+メルファラン+チオテーパ、あるいはフルダラビン+ブスルファン+チオテーパ、といった前処置をしてから骨髄移植(day0)→サイクロフォスファマイド(days 3&4)PTCyを行うのだそうです。血液悪性腫瘍に対する骨髄移植ではもちろん全ての血液はグラフト=移植片由来に入れ替わる必要がありGVHRgraft-versus-host reaction:移植片対宿主反応)が問題になりますが、完全にGVHRを消してしまうと白血病などの悪性腫瘍細胞をやっつけることができない。故にほどほどのGVHRは残した方が良いらしいのです。
 一方、再生不良性貧血や鎌状赤血球症などの良性疾患に対するPTCyのコンディショニングでは上記の処置に加えてATGantithymocyte globulin:抗胸腺細胞グロブリン)やCAMPATH alemtuzumab:ヒト化抗CD52抗体)なども用いられますが、私が完全同種(H-2minor抗原)の壁を破るために用いた抗T細胞抗体Mayumi H, Good RA. Long-lasting skin allograft tolerance in adult mice induced across fully allogeneic (multimajor H-2 plus multiminor histocompatibility) antigen barriers by a tolerance inducing method using cyclophosphamide. J Exp Med 1989;169:213-238.は用いないそうです。抗T細胞抗体を用いると混合キメラ(mixed chimera)が発生して結局は移植片の拒絶につながるらしいのです。
 書いているうちについつい話は専門的になってしまいました。しかし今後は骨髄移植がもっと身近なものになって、あなたのお知り合いやご家族にもPTCyを受けられる方が出るかもしれません。




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