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SSRISNRI)証、不安障害、大うつ病の見極めから治療へ
 「証」とは漢方用語で、ある方剤にピッタリの症候群のことです。例えば「葛根湯の証」=発熱して喉が痛み、寒気、頭痛、関節痛がする、一方同じ感冒薬として使う「小青竜湯の証」=鼻水、くしゃみ、咳が出る感冒、という具合です。同様にこのSSRISNRI)証とはSSRISNRI)を飲みさえすれば良くなると思われる基本的な性格傾向+中核となる肉体的な症候(ときに症候群)(眩暈、痛み、動悸、不安、不眠など)のことです(ということは厳密に言うとSSRI証とSNRI証は若干ちがうということになりますがこのちがいは後で述べましょう)。プライマリーケア医にとって身体表現性障害、不安障害(社交不安障害+パニック障害+強迫性障害+全般性不安障害+PTSD+個別的恐怖症)、大うつ病といった正解な診断を下すことは結構難しいのですが、SSRISNRI(本当は安価な少量の四環系や三環系抗鬱剤でも良いんですが‥‥)を使ってでも治してあげたい患者さんは結構いっぱいいます。まあ、いわゆる不定愁訴に加えて不眠や不安、様々な痛みを訴えるような患者さんにはとりあえずベンゾジアゼピン系のデパスやメイラックス、ワイパックス、レキソタンなんかを出してしまいたくなるかもしれませんが、一手間かけていきなりのSSRISNRI)を出してしまった方が後腐れがなく一定期間に良くなります。

.SSRI証のまとめ(表1と図1)
 別のスレッドにも書きましたが表1はSSRI証のまとめです(表1)。こんな性格傾向の患者さんは図1に見られるような様々な不定愁訴を掲げて各科を受診するけども各科で「異常なし」か「大したことないよ」と門前払いをくらい易い(図1)、でも御本人はすごく悩み苦しんでいるわけです。舞台が総合病院の場合(男性患者の場合)は「小児科と産婦人科以外は全部の科に受診し相談しましたが、全部異常なしって言われたんです」、なんてことになると御本人はますますイライラ不安になる。あげくどこかの科から「うつ病」じゃないの?と精神科や心療内科に回されても抑鬱気分や興味喪失はないことが多いので「うつ病ではありません」とまたまた門前払いを食らうことになります。
 SSRISNRI)証の見極めをしておくと外来診察が楽しくなります。外来でややこしい訴えを何度もクドクド訴える患者さん方を「プシコ=Psycho」などと失敬な呼び方をせずに、ああー、あんなバアちゃんには便秘にもいいジェイゾロフトがいいかな?(セルトラリン証=便秘がちでどちらかというと不安が強い女性)、いや痛みの訴えが強いからサインバルタがいいかも?(デュロキセチン証=痛み系が訴えの中心で便秘がないもの、呼吸器科でも治らない「長引く咳」があるもの)、不眠が強いからデジレル足して(トラゾドン証=不安に基づく不眠:入眠障害か中途覚醒、早朝覚醒を問わず)、いやいっそリフレックスにした方が良いか?(ミルタザピン証=嘔気+食欲不振+不眠+抑鬱気分+やる気低下)などと余裕を持って診れる訳です。
 SSRISNRI)証と見当をつけて星印をつけておいた患者さんがどこそこが痛い、しびれる、眠れない、などと言い出したら本格的に問診してゆきます。

.自律神経失調症状の南13(表2)
 SSRISNRI)証の患者さんが訴えやすい症状の「自律神経失調系の13症状」(表2)1.動悸、2.息切れや息苦しさ、3.喉の違和感、4.(労作性でない)胸痛や胸部締め付け感、5.嘔気や上腹部不快感、6.手足のジンジンやビリビリした痺れ感、7.発汗、8.体の寒気や熱くなる感じ、9.体の震え、10.眩暈や立ち眩みやフラフラ感や耳鳴り、11.離人感(現実ではない感じ)、12.気が狂ってしまうのではという恐れ不安、13.このまま死んでしまうのではないかという恐れ不安、ですが、これは不安障害(パニック障害や社交不安障害、強迫性障害など)に共通に見られる「自律神経失調症状」です。北大の傳田健三先生がよく使われる「うつ病の北斗七星」をまねして「自律神経失調症状の南13星」と呼んでおきます(表2)要は一つ一つの症状や訴えが単独にあるのではなく星座のごとく現れる、ということです。もちろん時には雲がかかって薄くて見えない星もあります。
 ここで私が述べている「治療対象のSSRISNRI)証の患者さん」ではこの「自律神経失調症状の南13星」(表2)が最低でも2-3個は認められるけども、いわゆる予期不安を伴う発作的な自律神経失調を起こす「パニック障害」や不必要とわかっているバカバカしい行為=戸締まりやタバコの火の始末のチェックを繰り返す「強迫性障害」、ハシが転んでも不安で集中困難などを伴う「全般性不安障害」、人前で食事をしたり字を書いたり喋ったりが恐怖や戸惑いを起こす極度の上がり症「社会(社交)不安障害」あるいは過去の災害事故犯罪などの体験が心の傷となり悪夢や記憶が生々しく蘇ってくる「外傷後ストレス障害=PTSD」などの典型的な不安障害とは言い切れない患者さん方をいいます。
 もう一つ不安障害で追加しないといけない大切なものは「特定の恐怖症」と言われるものだと思います。高所恐怖症、先端(尖ったもの)恐怖症、閉所恐怖症、高速道路恐怖症などなどいっぱいありますが、その中でもプライマリーケアの現場で一番問題になるのが「薬と薬の副作用恐怖症」ではないかと考えています。これに関しては別のスレッド「薬拒絶症」と「薬の副作用について」でも述べていますのでご参照ください。とにかく降圧剤にしろ抗高脂血症薬にしろ抗鬱剤にしろ、薬を開始したり増量したりする際に頑強に抵抗する一群の患者さん方がいらっしゃるのは事実です。

.うつ病の北斗9(表3)
 上記の「自律神経失調系の13症状」=「南13星」に加えて合併してくるのが鬱病系の症状ですが、こちらはPHQ-9という鬱病スケールでチェックして行きます(表3)。現在、プライマリーケアの医師が鬱病をこのPHQ-9で引っ掛けて治療を開始して云々、という某医大のコラボ研究に組み込まれていて当院の新患さんにはすべてこのPHQ-9問診票を記入していただいています。簡単な9個の質問に対する答えが「全くない」=1点、「数日」=2点、「半分以上」=3点、「ほとんど毎日」=4点、で計算され満点が27点です。質問1の興味喪失関連と質問2の抑鬱気分関連が重要なのですが、この二つのうち最低一つは「半分以上」で、27点満点中10点以上か質問3の不眠症状があれば鬱病を疑って良いかもしれません。(「抑うつ気分」と「興味または喜びの喪失」この2つのいずれか一つと残りの7つの症状のいずれかを含めて5個以上ある場合は大うつ病,それが2個以上4個以下の場合は小うつ病ということになります:詳しくはDSM-IV-TRの診断基準をご参照下さい)
 ここで私が述べている「治療対象のSSRISNRI)証の患者さん」ではこのPHQ-9のスコアは0-数点のことが多く、いわゆる「大うつ病」の診断からは外れることになります。

.SSRISNRI)証の診断と治療開始
 表1に挙げたような性格行動の傾向があり、図1に挙げたような様々な訴えがあり、本人が薬を飲んででも治したいと思っており、自律神経失調症状の南13(表2)とうつ病の北斗9(表3)もちょっとずつ合致しているがハッキリとした「うつ病」や「不安障害」(詳しくはDSM-IV-TRの診断基準をご参照下さい)ではない、こんな患者さんが治療の対象となります。もちろん「うつ病」や「不安障害」との合併症としての肉体症状でも治療の対象となります。
 まあ「大うつ病」や「不安障害」の診断はつかなくても「胸痛や息苦しさ、眩暈、各部位の痛み、嘔気、長引く咳などの身体症状があればベンゾジアゼピンではなくSSRISNRINaSSA、四環系、三環系などの抗鬱剤を開始する」というのが私の立場ですが、正直に申し上げてはじめの頃は随分と自分の方がドキドキしました。「こんな患者さんに抗鬱剤なんか出して大丈夫だろうか?」ってことですが、結局は処方を後悔したことはなくキチンと飲んでくれた人はほとんど良くなりました(ドロップアウトも結構あったと思いますし、私は鬱病なんかではないと怒りだす人もいます。当院は「内科」であり心理療法は行ないませんので薬を飲みたがらない人は治療の対象とはなりません)。日本人の場合かなりの患者さんが上がり症(=社交不安障害の傾向)で鍵の閉め忘れが気になってチェックに帰るあるいはこだわりが強い(=強迫性傾向)傾向があり、そもそも大半の人たちがSSRISNRI)証なわけです。ものの本にはSSRISNRIの飲ませ始めにベンゾジアゼピンを併用すると効き始めが早いようなことを書いてありますが全く不要だと思います。逆にSSRISNRI)がチャンと効いているのかどうか、その患者さんに合っているのかの見極めが難しくなると思います。私はSSRISNRIの飲ませ始めの1-2週間のみスルピリド(1001T1×を併用しています。SSRIまたはSNRI(安価な四環系や三環系を少量でも構いません)のみであれば半年から一年もたてばほとんど必ず終了中止に持ち込めます。抗鬱薬に一剤でもベンゾジアゼピンが併用されていると(他院の症例ですが)治る鬱病も何年も治らないように思います。他院のメンタルクリニックや精神病院で抗鬱剤とともに数種類のベンゾジアゼピンが併用されていて「数年間にわたって全く薬の変更はない」なんて聞くと特にそう思います。

.SSRISNRI)証に対する薬物の使い方
 比較的良く使っているのはSSRIとしてジェイゾロフト(認容性70%ぐらい、下痢することあり便秘気味の人にはお勧め、朝投与が原則も昼間眠たければ夕食後へ)、痛み系や長引く咳が主訴ならSNRIのサインバルタ(認容性80%ぐらい、昼間の眠たさが50%ぐらいあり朝より夕食後が良い、便秘することあり)、不眠には取り敢えずアンデプレ(トラゾドン=デジレルのゾロ)か時にテトラミドを追加あるいは食欲もなくて嘔気が強ければNaSSAのリフレックスにする、睡眠薬を使うなら非ベンゾジアゼピン系のマイスリー、アモバン、ルネスタぐらいでしょうか。必ずしも高価なSSRISNRINaSSAを使わなくても四環系のルジオミールや三環系のトリプタノールでも良くて少量使えば便秘や口渇などの副作用もあまり出ません。抗鬱剤にベンゾジアゼピンさえ併用しなければ6-12ヶ月後のウィーニングは全く問題なく済みます。
 抗鬱剤とベンゾジアゼピンの併用状態からの離脱において非常に大切なことは減薬の順番だと思います。今まで沢山の「ベンゾジアゼピン離脱症候群」と自己診断して当院に見えた患者さんの話を総合すると、(これまで聞いたところの)すべての精神科の先生方はベンゾジアゼピン+抗鬱剤の併用からまずは「強い薬」抗鬱剤を減薬し「弱い優しい薬」ベンゾジアゼピンのみ(単数または複数でも)の状態にしてからそのベンゾジアゼピンを減量減薬しようとされるようです。これではうまく行きません。初めに減薬すべきはベンゾジアゼピンなのです。別のスレッドでも書きましたが、取り敢えずは抗鬱剤を増量してでもベンゾジアゼピンをゼロに持って行きます。SSRISNRI)などの抗鬱剤は習癖性が全くないとはいいませんが1-2ヶ月毎の半減で必ず中止終了に持っていけます。一年を超えて飲ませていると患者さん本人から「先生この薬まだ飲まないといけませんか?」なんて催促されます。
 もう一つ大切なことは二種類以上のベンゾジアゼピンが入っていてがんじがらめになっている患者さんのベンゾジアゼピンを無理にはぎ取るととんでもなく不安や攻撃的、不眠状態になって収拾がつきません。三日にあげず電話問い合わせや再来、再々来してくることになります。別のスレッド(眞弓式ベンゾジアゼピン離脱法)でも書いた通り、このような時にはこれまで飲んでいたベンゾジアゼピンをまとめてメイラックス(ロフラゼプ酸メチル=超長時間作用型ベンゾジアゼピン)の1-2mgに置き換えて、さらにSSRISNRIなどの抗鬱剤を開始ないしは増量します。同時に、不眠でベンゾジアゼピン系の睡眠薬が入っていたら抗鬱薬アンデプレ+非ベンゾジアゼピン系睡眠薬アモバンなどに置換して行きます。同様にベンゾジアゼピン系の抗痙攣薬リボトリールも抗鬱剤と置換しますがこれは一番厄介な気がしています。前医からの頓服のベンゾジアゼピンが残っていたら、「我慢できなかったら最後の最後には飲んでも良いけどできるだけ我慢して飲まないようにしてください」と言い添えておきます。飲まないで済んだのを確認できたら前医のベンゾジアゼピンは廃棄させます。

.まとめ
 SSRISNRI)証に対する薬物治療の実際をまとめてみました。私自身は昭和54年に大学を卒業してからは精神医学や心療内科の手ほどきを受けたことは全くなく試行錯誤の結果の治療法ですので、精神科や心療内科の先生方からのおしかりは覚悟の上で掲載させていただきました。ただ一言申し添えておくと、世の中のプライマリーケア医は、誰が始めたのか分からないベンゾジアゼピン中毒の患者さん方に結構翻弄されている、ということです。その中から這い上がるように編み出した治療法とも言えます。上のスレッドにも書きましたが、SSRISNRI)証の見極めをしておくと外来診察が楽しくなります。外来でややこしい訴えを何度もクドクド訴える患者さん方を「プシコ=Psycho」などと失敬な呼び方をせず、患者も医者も楽しく診療が行なえるように祈っております。
 なお精神医学的な記述はカプラン臨床精神医学テキスト DSM-IV-TR 診断基準の臨床への展開 第2版を参照させていただきました。
 
2016.4.21.更新 眞弓久則



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▲表1. SSRISNRI)証の基本性格のまとめ

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▲図1. SSRISNRI)証のイメージ


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▲表2自律神経失調症状の南13

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▲表3. PHQ-9 うつ病質問表

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